伝統と革新。愚直に課題と向き合い続けることが大切だ

東京都
株式会社木村屋總本店
代表取締役社長 木村 光伯氏

今、誰もが当たり前に口にしている、あんぱん。日本にパン食を広げるべく、この「あんぱん」を考案したのが、明治2年創業の木村屋總本店だ。現在は銀座の本店やデパ地下に出店する小売り事業と、スーパー・コンビニ向けの袋パン事業の二本柱で事業を展開している。

圧倒的知名度の老舗企業に生まれついた7代目木村光伯氏は、4期連続赤字という危機的状況で社長に就任した。

決して奇をてらった改革はしていない。セオリーを踏襲し、経営のスペシャリストの助けを借りながら着実に事業を改善してきた。V字回復を成し遂げたいま、創業時から続く同社の強みを生かしつつ、新たな時代の風を融合させた事業を展開。次のステージへと向かっている。

歴史ある会社を背負う木村氏に、向き合ってきた課題や、後継ぎにまつわる困難への解決策を聞いてみた。

出典:令和2年度中小企業庁/プッシュ型事業承継支援高度化事業/「ロールモデルのクローズアップ」事業「継ギPedia」(http://tsugipedia.com/)

 

 

6歳で継ぐことを意識。入社後は管理の基礎を学ぶために、アメリカへ。

ズッキー
ズッキー
木村屋總本店さんと言えば「あんぱん」ですよね。まだ世になかったものを作り出し、それが150年を超えてなお愛されている…。そんな歴史ある家業をお持ちの一家に生まれて、いつ頃から継ぐことを意識されたんでしょうか。

最初に意識したのは6歳の頃ですね。祖父が他界し、その際に祖母から株を私が受け継いだんです。

木村氏
木村氏
ズッキー
ズッキー

6歳!?すごく早いですね。

そのころから父が6代目を継ぎ、長男である私が7代目を継ぐ、家としての方針は決まっていたんでしょうね。

木村氏
木村氏
ズッキー
ズッキー

木村さんは大学を卒業してすぐに入社されていますよね。一度外に出たいなどとは思わなかったんでしょうか。

大学生になって父に「将来どう考えているんだ?」と言われ、「いずれ継ぐかもしれないけど、一度は他の会社で経験を積んでみたい」と話していました。ただ卒業するタイミングで、会社の工場新設のプロジェクトがスタートしたんです。そんな経験はなかなかできないと思い、入社を決めました。どちらかというと、流れで入社したニュアンスの方が強いです(笑)。

木村氏
木村氏
ズッキー
ズッキー

実際に入社をしてからは、どのようにパンの製造や開発を学ばれていったんでしょうか。

日本の学校とアメリカの「American Institute of Baking」というパンの研究所に、合わせて1年半ほど通いました。国内の学校ではパン作りの全体を学び、アメリカの学校では効率的な生産体制の組み方や衛生管理などの、いわゆる「管理」を学びに行ったんです。

 

当時は食品クレームの課題が多かったので、衛生管理を世界レベルに引き上げていこう、という流れもあったんですよね。何も分からなかったので、まずは基礎から学んで、自社工場に持ち帰りたいと考えました。

木村氏
木村氏

 

 

 

“鎖国”状態ではだめ。パン業界全体で変革が必要なときに、すべきこと

ズッキー
ズッキー

伺っていて気になったのですが、パン作りなどを通じて現場に入り込み過ぎてしまうと、マネジメントの方に影響が出てきたりしませんか。

自分が現場を知った上で、同じ目線で語れるようになりたいと、ずっと考えていました。現場の想いを具体的な言葉で覚えていくのは、うちのような歴史がある会社では大事なことだと思うんです。

 

もう一つ意識しているのは「他社を知ること」。実際に他社の工場を見せていただいて、何に取り組んでいるのか、時代的にどう変わらなきゃいけないのか、目標をしっかり持つことを大切にしています。

木村氏
木村氏
ズッキー
ズッキー

工場の見せ合いは、パン業界ではよくあることですか?

今まではなかったと思いますよ。でも、みんなパン食を普及させたい想いは同じで、何かしら変えていかないといけない焦りがあるんです。さらにそれぞれが社内で取り組んできた中で、良いことや課題も蓄積している。だから同世代で、同じ立場の仲間と連絡を取り合いながら、よく勉強会をしています。

木村氏
木村氏
ズッキー
ズッキー

意外と横の繋がりがあるんですね。実は僕も家業が鰹節屋をやっていて、将来は後を継ごうと考えているんです。父からは「他社に情報や技術を盗まれるから、あまり同業界の人とつるむな」と言われています(笑)。でも情報やアイディアのスピードが大事になってくる時代、あまり鎖国状態に陥ってもダメですよね。

昔はそれで良かったと思うし、十分成長できていた時代もあったと思うので、否定するつもりはないんです。でもパン業界は今、変革の時代に入って来ていると思っていて。自分たちの足りないところを知りに行くのは、大事なのかなと思いますね。

木村氏
木村氏

 

 

 

経営のイロハを叩き込んでくれた、メンターの存在

ズッキー
ズッキー

社長を継がれたころに「4期連続赤字だった」と話されていた記事を読んだことがあります。その時はどのように乗り越えられたのでしょう。

私は28歳で社長になりましたが、当時は財務諸表も読めないようなレベルでした。なので、とにかく経営者の方に片っ端から会いに行って、教えを乞いました。いわゆるメンターの方々ですね。中でも懇意にしていただいていたのは3人。一人は日本製粉の澤田会長。2人目はアサヒビールの名誉顧問の中條さん。そして、経営共創基盤の村岡さんです。

木村氏
木村氏
ズッキー
ズッキー

3名の方々の意見を聞いていると、それぞれビジョンや考え方も違うでしょうし、意見が割れることもありそうですね。そんなときはどう判断されたんでしょうか。

まさに会社の赤字立て直しを相談したときはそうでしたよ(笑)。「株を売って早く会社を辞めたほうがいい」、「会社が少しでも変わるチャンスがあるなら、なんとか守り抜くのがお前の使命なんじゃないか?」と、正反対のご意見をいただきました。

木村氏
木村氏

ズッキー
ズッキー

最終的にはご自身で決められたんですね。

はい。やっぱりこれまで生きてきて、会社に育てられた恩もあったし、赤字になって不本意ながら退職した従業員さんが多くいたんです。そういう人たちを想うと、ちゃんと次の時代にバトンを渡したい想いが強くなっていったんですよね。親父も昔から「自分の代で終わらせたくない」と言っていたので。

 

大変かもしれないけど、改革をして少しでも良くなるのであれば、それも親孝行なのかと思い、最終的に引き継ぐことを決めました。その後もメンターの方々には助けていただきながら、具体的なところは先代からお世話になっている会計士の先生に相談していました。

木村氏
木村氏
ズッキー
ズッキー

今はクラウド会計など新しいものがどんどん出てきていますが。

新しい機能の導入も必要ですが、内情をよく知る方との関わりは受け継いでいくべきだと思います。よく “情と利”のバランスをどう取るかみたいな話があるけど、私の場合は“利”をしっかり優先しながら“情”を添えるのが一番ベターだと思います。

木村氏
木村氏

 

 

 

業務改革は親孝行になった

ズッキー
ズッキー

では具体的には、どのようにして黒字化を目指されたんでしょうか。

赤字幅の大きかった部門を見直し、不採算ラインはどこなのかを数値化して、強みに集中していく。まぁセオリーですけど、やっぱり確実なのかな、と。

木村氏
木村氏
ズッキー
ズッキー

ラインを絞るなど、先代との話し合いはうまく進んだんでしょうか。

二年くらい議論を重ねましたが、もうこれ以上問題を先送りにするのは運営上厳しいからと、最終的には私の判断で業務改革を進めました。もっと時間や財力があれば、父に勇退の花道を準備して、穏やかなバトンタッチができたと思うんですが。どう進めるのが正しかったんだろうと、ずっと引っかかってる時期もありました。

木村氏
木村氏
ズッキー
ズッキー

その迷いを振り切ることはできたんですか。

経営を学ぶスクールに通って、MBAをとり直したんです。知識を得てから改めて振り返ると、たとえ過去に戻れても、7割くらいの確率で今と同じ道を選んでいたんじゃないかな。結果的に会社を守ることができたのだから、親孝行になったのではないかと思います。

木村氏
木村氏

 

 

 

「文化と文化を繋ぎ合わせる」自社の強みを再認識した

ズッキー
ズッキー

木村さんはよく「原点回帰」「時代に合わせていく」などのキーワードを発信されていますよね。具体的に今後どんなことをしようと考えられてますか。

まずはそもそもの「原点」を探るために「うちが大切にしてきたバリューは何か」を、社内のメンバーで議論しました。時代をこえて何を、どんな活動を大切にしていたのか。

そして紐解いていくと「文化と文化を繋ぎ合わせて、新しいものを発信していく、食を提案していくこと」が、うちの強みだと気づいたんです。

木村氏
木村氏

例えば「あんぱん」は西洋の「パン」と日本の「酒まんじゅう」の文化を融合させてできたものだし、「むしケーキ」は中国の「マーラーカオ」を日本風にアレンジしてできたものです。

現在は「あんぱん」と「牛乳」をテーマにした「キムラミルク」など、時代に合わせた新しい形の情報発信にチャレンジしています。

木村氏
木村氏
ズッキー
ズッキー

アイデアを出すのは社長ですか?

私があまりに前に出すぎると意見が出てこなくなる。ボトムアップが大事だと思っているので、新しいプロジェクトなんかは社員に任せています。

 

また、常に品質を追及する努力を怠らないよう、オフライン・オンライン共にお客様との接点となるタッチポイントを増やしていく施策も進めています。

木村氏
木村氏

 

 

 

迷ったら先人たちの考えを紐解き、時代に合わせた変化を加えていく

ズッキー
ズッキー

ライフラインシートに、黒字化に成功された後「現状維持の焦り」と記載されていました。これってどういう意味ですか?

これまでは「とにかくバトンを繋がなきゃ」という使命感で走り続けてきました。でもいざ黒字化に成功してみるとその先には「現状維持」しかなく、自分が今後成し遂げたい夢や志が定まっていないことに気づいてしまって。しばらく悩みの種でしたが、考え抜いて分かったことがあります。

 

事業承継は3つのステップを踏むべきだということです。一つは、先輩たちが何をやってきたのかを、自分なりに解釈すること。二つ目は解釈したものを、今の時代に合わせて再提示すること。最後に、再提示したもので、具体的なプロトタイプをつくること。

木村氏
木村氏
ズッキー
ズッキー

最初のステップはどんなふうに始めたら良いですか?

先人たちが大切にしてきた「想い」と、「こんな時代背景だったから、こういう決断をしたんだ」という判断の流れを、徹底的に調べ直すことが大切です。そうすると「今の時代だったらどんな判断をすべきなのか」は、おのずと見えてくるはず。私は家に残っている書物や、図書館にある「パンの歴史」、「日本のパン明治史」などで学んでいます。

木村氏
木村氏
ズッキー
ズッキー

そういえば僕も祖母の家に行ったとき、古い書物を見つけました。ところどころに新聞の切れ端が挟まっていた気がします。

「なんでここに線を引いたんだろう」、「なんで新聞の切れ端を入れたのかな」と考えると、先人の思考が見えてくる気がしますよね。こうして先人の思いを汲みながらも、時代に合わせた変化をして、今の会社がどうあるべきかを考えていくのが、良い判断に繋がるような気がしますね。

木村氏
木村氏
ズッキー
ズッキー

解釈のステップは謎解きみたいですね。継ぐのが楽しみになってきました(笑)。

 

 

 

アトツギは、二足の草鞋でも大丈夫?

ズッキー
ズッキー

実は今、実家から「そろそろ戻ってこないか」と言われているんです。僕は自分で事業を立ち上げているんですが、予定より2年ほど前倒しで家業に戻ることになって、参ったなぁと。両立できるものでしょうか。

今の時代は事業承継される方でも、二足の草鞋は当たり前になっていて、家業にだけ専念しなくていいんじゃないかな、とは思いますね。

 

今後もますますオンライン化は進んでいくので、やりやすい世の中になっていくはずです。まず今の会社の役割分担を考えて、ある程度誰かに任せられるくらいになったら、週に二日は家業にどっぷりの日をつくる…。そうして時間をやりくりする方法もあると思いますよ。

木村氏
木村氏

 

 

 

伝統は、革新の連続のみで守られる

ズッキー
ズッキー

それでは最後に、御社のように長い歴史を紡がれている家業を継ぐことになった方へメッセージをお願いします。

よく「伝統と革新」という話があるんですが、先輩方から「伝統は革新の連続でのみ守られる」と言われてきて、すごく大事な言葉だなと思っています。

 

奇をてらった改革をすることよりも、目の前の課題を愚直に乗り越えていくこと。結果的に「実はあの時が革新的なターニングポイントだったね」と思い返すことができたら、それでいいと思うんです。

木村氏
木村氏
ズッキー
ズッキー

僕も家業に戻ったら「こんなことをやりたい!」と自分の野心で大きなことばかり考えてしまうんですけど。

まずは社内で仲間を増やしていき、小さな取り組みを続けることが大事だと思います。でもそれをすっ飛ばして「とにかく新しいことだから、絶対やらなきゃいけないよ、親父!」みたいになると、完全にぶつかると思いますよ(笑)。

木村氏
木村氏
ズッキー
ズッキー

そこは肝に命じておきます!

様々なアドバイスをいただき、どうもありがとうございました。

 


【東京都】

株式会社木村屋總本店 https://www.kimuraya-sohonten.co.jp/

代表取締役社長 木村 光伯 氏


 

■取材した人

ズッキー

100年続く大阪の鰹節卸の4代目候補。動画制作の会社を経営しながら、家業に入るタイミングを検討中。家業で活躍するべく、軍用格闘技で鍛錬を積んでいる。

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