会社の強みを明らかにし、事業領域を拡大 アトツギのいない中小製造業を束ね、ともに成長を目指す
神奈川県
株式会社由紀精密
代表取締役社長
大坪 正人
1950年に創業した由紀精密は、ネジ製造からスタートし、その精密な切削加工技術を生かしたものづくりを手がけてきた。だが、創業50年を越えたころ会社は存亡の危機を迎える。他社に勤務していた大坪正人社長はそこで迷うことなく、経営を立て直す使命を持って家業に戻った。毎月の資金繰りさえ危ぶまれる中、会社の強みを確認したうえで、それが生かせる航空宇宙分野、医療分野に新たな市場を求め、領域を広げてきた。また、アトツギのいない中小企業をグループ化し、共に成長する新たな企業連合モデルにも挑み続けている。状況を悲観することなく、自分を追い込む目標を掲げ、それを実現してきた大坪社長にその原動力を尋ねた。
出典:令和2年度中小企業庁/プッシュ型事業承継支援高度化事業/「ロールモデルのクローズアップ」事業「継ギPedia」(http://tsugipedia.com/)
親の会社で働くなんて夢にも思わなかった
▲父・大坪由男会長と
小さい頃は、家と工場がすぐ近くにあったので、よく工場にも行きましたし、機械を眺めているのも好きでした。僕自身はクルマが大好きで、父親が家に持ち帰ってきたクルマのカタログをみて車種を隅々まで見て、あのクルマは 1997㏄でとか言えるようなクルマオタクな子どもでした。超合金のミニカーとかも大好きだったのですが、親の会社でやっている金属加工の仕事とは全然結びつかなくて、親の会社で将来働くなんて夢にも思っていませんでしたね。
ずっと家業のことなど考えることもなく、大学院を卒業した後も3次元プリンタの技術をもとにしたサービスを提供するインクスに入社し、携帯電話の試作金型工場の開発プロジェクトに携わり昼夜をおかず仕事に取り組んでいました。
▲インクス時代の大坪氏(前列左から2番目)
給料の支払いにも窮するほどの苦境を乗り越えて
当時、由紀精密はITバブル崩壊後、倒産の危機に直面しました。その時には、インクスの社長にも家業に戻らせてくださいとお願いしたほどです。ただ、その時は父が何とか乗り切って事なきを得ました。それでもWebサイトを作ったり、週末に営業を手伝ったりとかのサポートはしていました。それでもなかなか状況は改善しませんでした。
そのうちに父の体調が悪くなり、うちの一族は早世の家系だったのでそのことも気になっていました。インクスではデジタル系のものづくり技術をもとに、他社の自動化や標準化のコンサルティングをしていました。それなのに、苦しんでいる親の会社に対して何もできていないことを心苦しく思っていました。戻って社長を継ぐというよりも、まず会社を立て直すことをミッションに入社しました。
品質が重視される航空機、医療機器分野に挑む
たまたま中高の同級生や前職の後輩が私に先駆けて入社していたこともあり、彼らが機械設計やシステム開発のところを担ってくれていたので助けられました。システムを開発するといっても現場に入って在庫を見たうえで在庫管理システムをつくったり、実際の製造工程に入る際も、機械の操作を覚えるところから始めて、もともとある切削加工技術の知見をリスペクトしながらそれをどう活用していくかということを考えていました。
立て直す責任感から従業員を養う責任感へ
常に新たな目標を作り、自分を追い込む
めちゃくちゃチャレンジしない小学生だったんですけどね。たまたま、ボーイスカウトに頭のいい子がいてそれに刺激を受けて、親の反対を押し切って中学受験をしました。中学以降はジャズバンドで毎週演奏会をしながら部活も続けました。高3になって活動が終わると急にやることがなくなって、和田秀樹さんの「受験は要領」という本を読んで。そこから一気に我流で受験勉強に没頭して志望していた大学に受かりました。でも一番懸命だったのはインクスに入ってからですね。
自分たちでつくったいろんなものが世の中を良くしていくことにどこまで貢献できるかというチャレンジを、生涯を通じてやっていきたいなと思っています。例えば脊椎インプラントは、高齢者の方にも負担の少ない手術方法を実現しました。グループ会社の明興双葉と共同で超伝導ワイヤーを開発していますが、これがモノになれば将来的には、従来の超伝導ワイヤーではまかなえなかった各種超伝導応用が期待できます。そのほかにも宇宙のごみ(スペースデブリ)を掃除するプロジェクトにも関わっています。
由紀ホールディングスという持株会社のもと、優れた要素技術を持つ中小企業を束ねていく計画も進行中です。各会社のオーナーはそのままに、私が支配するわけでもなく、由紀ホールディングスのインフラを利用しながらそれぞれの会社が成長していく企業連合形態は、日本における事業承継の一つのモデルになりうると考えています。このモデルをグループで検証しながら、一つの解として提示できたらと思っています。
【神奈川】
株式会社由紀精密 https://www.yukiseimitsu.co.jp/
代表取締役社長 大坪 正人 氏
■取材した人
マッキー
1995年生まれ。ベンチャー企業に勤務しながら、アトツギベンチャー取材やイベント運営を担当。