全国の廃校プールをチョウザメの養殖場に!「一人じゃない」と勇気もらえた「アトツギ甲子園」
有限会社 鈴木組
専務 鈴木宏明 氏
日本三大秘境の一つとされる宮崎県の椎葉村で、50年前から建設業を営んできた鈴木組がヤマメの養殖事業に参入したのは2002年のことだ。
そのノウハウを生かしてチョウザメの養殖に乗り出し、家業に戻ってきた鈴木宏明専務が2015年、「平家キャビア」として商品化した。
現在は年間300キロほどを生産するまでに成長した。今後は廃校になった小中学校のプールを活用して養殖場を増やし、「15年後にはチョウザメを絶滅危惧種のレッドリストから外したい」という夢を描く鈴木専務。
そのビジネスプランが、このほど開かれた「アトツギ甲子園」で最優秀賞を受賞した。
「アトツギ甲子園で同じ悩みを乗り越えてきた仲間と出会い、1人じゃない、と勇気をもらうことができた」と出場を機にさらに前へ歩みを進めていこうとしている。
出典:令和2年度中小企業庁/プッシュ型事業承継支援高度化事業/「ロールモデルのクローズアップ」事業「継ギPedia」(http://tsugipedia.com/)
田舎がいや、建設業がいや、生き物を育てる仕事もいやだった
家業に戻ってきた経緯は。
大学卒業後はNTTで働いていたのですが語学留学をしたかったので退職し、いったん実家に戻りました。留学するまでの間ブラブラしているのも体裁が悪いので、アルバイトで家業を手伝うことにしました。
もともと家業を継ぐつもりではいたのですか。
田舎がいやで、家業でやっている建設業の仕事も好きになれず、まったく継ぐ気持ちはありませんでした。アルバイトでチョウザメの養殖を任されたのですが、ある日大雨でホースが流され一つの池のチョウザメを全滅させてしまったんです。チョウザメって育てるまでに8年かかるんですけど、一瞬のことで生き物を扱う怖さを知ってますます継ぐ気が失せました。
それからどうなったのですか。
いやだと思いながらも次の稚魚を入れるタイミングで1千匹入れてしまい、育てないわけにはいかず(笑)。けれど毎年面倒を見ているうちに、自分で生き物を育てて商品にして、それを食べて喜んでもらうということにやりがいを覚えるようになっていき、やっと仕事に誇りを持てるようになりました。
廃校を抱える自治体の課題解決にも貢献
そもそもチョウザメの事業を始めたきっかけは。
椎葉村はもともとヤマメの渓流釣りが盛んなところなのですが、年々放流する事業者が減っていったため、父がヤマメの養殖を始めました。養殖のノウハウをお借りしている宮崎県水産試験場が、日本で初めてシロチョウザメの完全養殖に成功した実績を持っており、「チョウザメもやってみませんか」と声をかけてもらったのが始まりです。
キャビアの商品化については鈴木さんが先導したとのことですが、今はどのような状況なのでしょうか。
キャビアの販売を始めて4年になります。売り上げが上がってきたので、今後はどう売るかより、どう生産量を増やすかというフェーズに入っています。現在、廃校になった2校のプールを借りて養殖をしているのですが、これをもっと増やしていきたいと思っています。
なぜ廃校なのでしょうか。
全国各地で小中学校の廃校が増えているのですが、活用されないままだと朽ちて危険な状態になりかねません。でも、維持するだけでもかなりの負担を要するので自治体にとっては頭の痛い課題です。廃校をチョウザメの養殖池として有効活用していくことでその解決につながればと考えています。
本番前の2週間で自分が成長できた
今回、アトツギ甲子園に参加した理由は。
昨年、チョウザメを絶滅危惧状態から救うという目標を立てました。そのためにはまず当社がチョウザメの養殖事業をしていることをより多くの人に知ってもらわなければならず、そのような場にどんどん出ていくべきだと考えました。
出場してみていかがでしたか。
宮崎の大会では優勝していたので全国でも賞は取れるだろうと過信していました。今回は運良く最優秀賞をいただきましたが、本人の体調、審査員の心情、発表の順番次第で順位が変わるだろうと思えるくらい皆さんレベルが高かったですね。このままで満足してはいけないと自分の慢心を戒め、さらに頑張ろうという気持ちになれました。
本番前にメンターの方から受けた指導はいかがでしたか。
メンタリングのおかげで恥をかかずに済みました。練習などしなくても入賞できるという自分の浮ついた気持ちを、メンターの方が「そんな軽々しい気持ちでいるなら出るな」とたしなめてくれました。おかげで喝が入り、4分の発表でプランと熱量を同時に伝えられるよう、資料をほぼ作り直して臨みました。本番直前の2週間で成長できたと思っています。
世界で供給されるキャビアの25%を生産したい
今後の目標は。
15年後にチョウザメを絶滅危惧種のレッドリストから外すのが夢です。そしてそれまでに世界で供給されるキャビア200トンの25%に当たる50トンをうちで生産できる体制を作ります。そのために廃校プールの活用を100校まで増やしたいと思っています。
鈴木さんは椎葉村一番の営業マンでもありますね。
ぼくは誰よりも楽しんで仕事をしているのですが、楽しむだけではダメ。結果を出すことこそ大事だと思っています。この田舎で実績を残してこそ地域からも認めてもらうことができ、そこで初めて次に新たなことを始める人を応援する土壌がこの田舎の地で育ってくると思っているので、結果にこだわり続けます。
今回の受賞後の反応はいかがですか。
全国の自治体から「うちの廃校のプールでキャビアをつくってくれないか」「キャビアをうちの名物にしたいので廃校を見てほしい」という問い合わせが入ってきています。このチャンスを生かし事業をどんどん加速していきたいと思っています。
アトツギ甲子園にぜひチャレンジを
アトツギへのメッセージをお願いします。
アトツギって事業を引き継がなければいけないゆえの苦しみがあって。でもそれって周りの人からはわかりにくいところがあるんです。だからスタートアップより孤独を感じやすい。それが苦しいばかりに事業を続けられない人もいて、僕自身もそういう場面に何度も直面しました。
今回アトツギ甲子園に出て良かったのは、ファイナリストの方たちはみな僕と同じような悩みを抱えてここまで来ていることを感じることができ、「一人じゃないんだ」と勇気をもらうことができたことです。アトツギにとってさらに成長し、思いを共有できるアトツギ甲子園に皆さんもぜひチャレンジしてほしいと思います。
ありがとうございました。
【宮崎県】
有限会社鈴木組 https://heike-caviar.jp
専務取締役 鈴木 宏明 氏
■取材した人
サモアン
1990年生まれ。東京出身。公務員家庭に育つ。六大学野球では日本一を経験し、全てのビジネスワードを野球用語に置き換える根っからの野球好き。卒業後は、日本を代表する大手金融機関に就職。体育会系の粘りの営業スタイルでMVPも獲得するなどサラリーマン人生も好調。でも「いつかは起業したい」という思いもあり、後継者不在の会社の経営者になるM&Aに興味津々。勝負球は140kmを超えるストレートとしょんべんカーブ。