日本の職人仕事を通して、世界中に豊さを発信/エンドユーザーに近い仕事をしたくて新業態

【宮城】
株式会社門間箪笥店 代表取締役
門間 一泰 氏

https://sendai-monmaya.com/

1976年生まれ。大学卒業後、(株)リクルートに10年在籍し、営業、企画、新規事業の立ち上げ等幅広い経験を積む。その後、2011年に東日本大震災の影響もあり、創業明治5年の家業であり、経済産業省が指定する伝統的工芸品である仙台箪笥の製造を行う(株)門間箪笥店に入社。自社の持つコンテンツの検証と整理を行い、CIを手はじめに、従来の会社と事業の在り方そのものを大きく見直す。その後、多くの紆余曲折を経ながらも現在の主力事業である海外事業を見いだし、これまた多くの紆余曲折を経ながらも事業を何とか成長させ、香港と上海に常設店舗を構えるまでに至る。

今後は、自社のノウハウを活かして、多くの日本の作り手を海外に発信するためのプラットフォームとなり得る事業の展開も予定している。

■話を聞いた人

株式会社斉吉商店
斉藤 吉太郎 氏

http://www.saikichi-pro.jp/

平成元年、宮城県気仙沼市生れ、高校までを気仙沼で過ごし、高校卒業後は東京農業大学に進学。北海道帯広の六花亭での修行を経て、2015年に家業である株式会社斉吉商店に入社する。2019年に常務取締役に就任。オンラインショップの立ち上げなどを行う。

アトツギたちのトークイベント「アトツギこそイノベーターであれ!in宮城」が2020年11月1日に開催された。

ゲストは、株式会社門間箪笥店の門間一泰代表取締役と、株式会社斉吉商店の齋藤吉太郎常務取締役。

伝統工芸を守りながらも世界を視野に入れる門間氏と、下請けから小売りへ転換を図り、これまでとは違うやりがいを見つけた斉藤氏。共通するのは、事業を長い目かつ広い視野で見ていることだ。

 

 

 

<ゲストスピーカー>

【宮城】

株式会社門間箪笥店 代表取締役

門間 一泰 氏

https://sendai-monmaya.com/

1976年生まれ。大学卒業後、(株)リクルートに10年在籍し、営業、企画、新規事業の立ち上げ等幅広い経験を積む。その後、2011年に東日本大震災の影響もあり、創業明治5年の家業であり、経済産業省が指定する伝統的工芸品である仙台箪笥の製造を行う(株)門間箪笥店に入社。自社の持つコンテンツの検証と整理を行い、CIを手はじめに、従来の会社と事業の在り方そのものを大きく見直す。その後、多くの紆余曲折を経ながらも現在の主力事業である海外事業を見いだし、これまた多くの紆余曲折を経ながらも事業を何とか成長させ、香港と上海に常設店舗を構えるまでに至る。

今後は、自社のノウハウを活かして、多くの日本の作り手を海外に発信するためのプラットフォームとなり得る事業の展開も予定している。

 

 

【宮城】

株式会社斉吉商店

斉藤 吉太郎 氏

http://www.saikichi-pro.jp/

平成元年、宮城県気仙沼市生れ、高校までを気仙沼で過ごし、高校卒業後は東京農業大学に進学。北海道帯広の六花亭での修行を経て、2015年に家業である株式会社斉吉商店に入社する。2019年に常務取締役に就任。オンラインショップの立ち上げなどを行う。

 

 

<モデレーター>

アトツギ総研 所長

奥村 真也

https://take-over.jp/

 

 

 

 

引き継いだ事業をベースに、海外進出やEC事業へ

奥村氏
奥村氏
まずは自己紹介をお願いします。

私はリクルートに10年勤め、東日本大震災の後で家業に入りました。仙台箪笥(タンス)という伝統的工芸品を作っていますが、箪笥は売れていないので、その資源をどうやって活かすべきかを考えました。

 

それで、トラディショナルなものを活かしたデザイナーズライン「monmaya+(モンマヤプラス)」を開発しました。ただ、カッコよくなってもすぐに売れるわけではなく、苦労しています。

 

そこで、箪笥の延長上として、国産の木材の家具を提携工房にお願いして扱うようになりました。香港、上海にも店舗を出店し、今は海外へ軸足を移しています。

門間氏
門間氏

気仙沼生まれの31歳です。三陸沖は世界三大漁場の1つで、そんな恵まれた環境で、三陸沖の魚介を使った加工品の製造と小売りをしています。

 

弊社は1921年創業で、もう少しで100年になります。東日本大震災で工場や店、本社、すべて被害を受けました。震災前は大きな工場で製品を造り、大手の飲食店やホテルの下請けをしてたんですが、震災を機に自社ブランドを作って直販にしました。

 

震災後、工場は仮設でしたが2016年に本設し、鼎斉吉(かなえさいきち)という店舗も出しました。そこでは食事を出し、自社ブランドの製品を販売しています。私が斉吉に戻ってきて最初にやったのがECサイトを立ち上げることで、直接お客さんに売ることもやっています。

斉藤氏
斉藤氏

 

 

 

“職人の働く姿”を守りたいから、別のフィールドへ種を蒔く

奥村氏
奥村氏
今日のテーマは「承継した事業をベースにした挑戦」。門間さんは、箪笥から家具に転じたのと、国内から海外へ軸足を移したという2つの挑戦に至った経緯は?
箪笥って、着物を収納するためのものなので、そもそも売れないんですよ。じゃあ、売れないものをどうやってアプローチするかと考えた時に、「家具に興味がありお金がある人」に可能性があると思った。そういう人たちが喜ぶものを扱えば、種蒔きをしていつか刈り取れると思って、自社製品以外の家具も扱うようになったんです。
門間氏
門間氏
奥村氏
奥村氏
「箪笥を売ることをやめる」という選択肢はなかったんですか?種を蒔いてでも箪笥に戻すという発想はどこから来たんですか?

子供の頃から職人を見ていて、職人さんが自分の腕に誇りを持って働いている姿が印象に残っていて……、日本の原風景ですよね。

それを守って継承していきたい。箪笥を造るのは日本の良さ、日本の文化を伝え守ることにも繋がると思ったんです。仙台箪笥には歴史もあるし、職人の働く姿が好きだったんですよ。

門間氏
門間氏

 

奥村氏
奥村氏

なるほど。家業の“無形の資産”の価値を見出して、付加価値に繋げていったわけですね。

新規事業のアイデアはあっても人とお金とノウハウが圧倒的に足りないという人が多いんですが、それは挑戦の過程でどうやってクリアしました?

お金に関しては土地資産を売ったり、自分の退職金をつぎ込んだりして繋ぎつつ、売上が上がれば事業計画立てて借り入れ増やす、ということを続けて今に至ります。

 

人に関しては今も大変で、採用した当時はうちのキーパーソンで活躍してくれるけど、事業が成長した時にその人がついてこれなくなる。入れ替わりが多くて困っています。

 

採用に関しては「地方」「工芸品」だから、採用弱者なんですけど、一方で、「歴史」や「海外進出」、「今後のビジョン」という魅力もある。

 

ただ、能力の高い人に高い給料を出したいんですけど、なかなか出せないのがジレンマ。今後はそこに投資していかないと、いよいよ会社の成長が止まりますからね。

門間氏
門間氏

 

 

 

お客さんの暮らしに近いところで仕事がしたくて、小売りに転換

奥村氏
奥村氏
一方、斉藤さんは、BtoBからBtoCへの挑戦ということですが、そこに至った経緯は?
震災前の下請けだった頃は、大きな工場がフル稼働で、たくさんの人が働いていて忙しそうだったけど、販売の計画とか製造の計画は立てづらかったし、手元に利益として残りにくかった。会社としても厳しい状況が続いていたので、打破する意味でも自分たちの造りたいものを造りたくて小売りへ進みました。「丁寧に作って丁寧に売る」というのをやりたかったんです。
斉藤氏
斉藤氏
奥村氏
奥村氏
自社のブランドを立ち上げて消費者への小売りを始めたことによって、従業員の反応はどう変わりました?

下請けでは「美味しかった」「ありがとう」をお客さんからいただく機会がゼロだったんですけど、今はお客さんからインターネットや手紙、電話でも直接お礼を言われます。「お客さんの暮らしに近いところで仕事ができている」という意味でも、小売りに転換したのはよかったと思いますね。

 

ただ、ECサイトを立ち上げた頃はしんどかったです。何もわからないし、相談する人もいない。家業に入って会社のためになると思って始めたけど、社内からは「長男は毎日パソコン前で何をやっているんだ」と言われてました。

 

ただ、なんとかカタチにして貢献したい気持ちのほうが強かったので続けていたら、徐々に結果が出て、そのうちお客さんからの声も届き始めて、ようやく会社の事業としてちゃんと貢献できていると感じられるようになった。そこから社員と相談して企画もできるようになったんです。今はEC事業でも人を抱えられるようになって、5人のスタッフがいます。

斉藤氏
斉藤氏

 

 

 

「六花亭」での修業でお客さんへの姿勢を学ぶ

奥村氏
奥村氏
斉藤さんのキャリアが、今の事業に繋がっているなと思うところって?

私はアトピーで、25歳で会社に帰ってきた時にひどくなってしまって、仕事も外出もあまりできない状態になったんです。その時に食べ物とか暮らしが、人が生きていく中で大きなことなんだと感じました。

 

うちの商品は添加物を使わないし、ほとんど手作りで、材料もいいものを使うという特長があるので、自分も含めて「いいものを食べたい人」に役立つんじゃないかと思いました。この経験は、いいものを売っていくきっかけになったと思います。

斉藤氏
斉藤氏
奥村氏
奥村氏
斉藤さんは北海道の「六花亭」で修業されていますが、そこから繋がっていることは?

ECは百貨店の催事みたいなことをやらなくていいから効率もいいし、机に座って売れるというのがいいなと思ってました。

 

でも、六花亭さんに行って考えが大きく変わった。いいところ悪いところ両方含めて、お客さんに正直に商品や会社の考えをお伝えして、薄皮のように信頼を積み上げて、長くお付き合いしていくことが大事だと思うようになったんです。

 

店舗を出したのも、対面でお客さんからの意見を聞いて、商品に反映する、作るということを大事にしているからです。

斉藤氏
斉藤氏

奥村氏
奥村氏
修業先に六花亭さんを選んだのはどうして?
水産加工の業界で小売りに取り組んでいるところが少ないんですけど、お菓子業界は昔からパッケージデザイン、通販も含めて、お客さんと近い位置でお仕事していると感じたから。それに、六花亭のファンで、会社の姿勢にも惹かれていたので。
斉藤氏
斉藤氏

 

 

 

コロナで海外店舗の売上がゼロに! それでも撤退しないのは……

奥村氏
奥村氏

すごい行動力ですね!

門間さんにも同じように聞きたい。これまでのキャリアと今の事業が繋がっているところは?

そうですね、リクルートに10年いて、主体的に何か自分でやったり、「何のために?」という目的意識を持つことが習慣として身についたというのは大きいかなと思います。家業を継いで原風景の職人を残したいと思った時も、そのためには何をしたらいいのか、将来的にどうなっていないといけないのかを考えて、行動やミッションに落とし込んでいます。

 

あとは、「やり切る」というのもあって、途中でやめたら検証できないから、ダメでもいいから最後までやる、ということは習慣として身についている。

 

今10年目で、失敗したこともいっぱいありますけど、その中で光明を見つけたのが海外事業だった。いちばん展望あるし、やっていて面白いとも思った。時間とお金も限られているので「選択と集中」で海外にしたという感じですね。

門間氏
門間氏
奥村氏
奥村氏
門間さんのところはコロナで海外店舗の売上がゼロになったんですよね?それでも海外事業に軸足を置いたのはどうして?

弊社の海外店舗は香港と上海にあるんですけど、コロナでほぼロックダウン状態になった時は売上もゼロになって、ヤバいと思いました。

 

一方で、「瞬間的に見たら確かにヤバいけど、海外店舗のポテンシャルで考えた時にこの状況が続くか?」って考えるとNOだった。それで、国内の固定費を削減することで海外を延命した。実際、香港はコロナからの回復もよく、いい感じに動き出しています。

門間氏
門間氏

 

 

 

事業を長い目で捉えて判断できるのは「家業」だからこそ!

奥村氏
奥村氏
ドン底まで行ったのに撤退しなかったのは、長い目で捉えての判断ですか?
まあ、そうですね。家業なんで、来年社長をクビになる、とかないですから(笑)。それより30年後とかを考えて、次の世代に少しでもいい状態で会社を残したいと思ったら、何を優先するかってことですよね。国内はまた出せるし、どっちがこの先伸びるかも考えて、判断しました。
門間氏
門間氏

私も百貨店の売上は3月からゼロ。その代わりECの企画や商品の提案に力を入れて早いサイクルでまわすことにして、百貨店の分を稼ぎました。

 

ただ、先週、宮城県内でイベントしたんですけど、やっぱりリアルで対面して、みんなでやる楽しさはECでは伝わらないんですよね。それで改めて、貴重な対面の場の取り組みもしっかり企画して、実現していきたいと思いましたし、催事に行く意味やお客さんに何を伝えるかをしっかり整理して、催事も今までとは違う考え方でやっていきたいと思いました。

斉藤氏
斉藤氏
奥村氏
奥村氏

お二人に共通しているのは、長い目で見てどう捉えて、どう歩んでいくか、という点ですね。一般の企業より家業は景気が悪い時もあまり売上が下がらなくて、それは長期視点で経営を考えられるからだ、っていうデータがあるんですけど、まさにそう感じました。

では、お二人の中でお互いに何か聞きたいことってありますか?

 

 

 

 

ビジョンを「食」全体へ、「伝統工芸」全体へと広げる!

門間氏
門間氏
斉藤さんはまだ若いですけど、今後どうしていきたいのか、聞きたいですね。

去年、肉の製品を造る許可を取得しました。三陸沖は恵まれた漁場ですが、宮城県には他にも魅力的な生産物があるので、今後は魚だけではなく、お客さんに食卓をトータルで提案できるようなブランドに成長していきたいと思っています。

斉藤氏
斉藤氏
奥村氏
奥村氏

メインの秋刀魚だけでなく、「食」というところに広げて、そこに宮城のものを使っていくと、そういうことですね。

 

門間さんの資料に「日本全国の産地横断で技能を共有し合うことで、産地ごとではなく日本として職人仕事を次世代に継承していくためのプラットフォームを創り上げる」とありますが、このビジョンを詳しく教えていただけますか。

伝統工芸って全国に235あって、それ以外にもモノづくりの産地ってあるんですよ。産地ごとにすべて技能が違うかというと実はそうでもないんですね。だから、技能者同士が将来的には産地を越えて、技術を継承し合って、職人を日本全体に残していきたいと。産地を越えてもその技術は残っている、というのを実現したい想いがある。

 

これ自体はビジネスモデルじゃないんですけど、海外の店舗ではうちの商品以外も扱っているので、その取扱い商品を少しずつ増やしていく中で、いろんな産地とのつながりを持って、いずれはうちを通して職人同士が交流するプラットフォームができれば、面白いかなと思っています。

門間氏
門間氏

 

 

 

いずれ良くなると信じる。そのために必要なのはビジョン

奥村氏
奥村氏

壮大なビジョンですね!お二人の話を聞いていると、“アトツギだからこそ見えている世界”みたいなのが、新規事業を考える時の大きな強みになっているように感じます。

最後に、若いアトツギの方へエールをお願いします!

私の世代って、地元に帰るか今の仕事を続けるか迷っている方が多いんですけど、自分が帰ってきて思うのは、「頑張りようがあるな」と。自分の会社だと、うまくいってもいかなくても、自分の頑張り次第というところはやりがいがある。

 

自分がアトツギで、自分の会社が世の中の役に立っているなと思う場合は、事業を継いで自分の考えで思い切ってやるということをおすすめしたい。一回しかない人生なので、後悔しないようにやってほしいですね。

斉藤氏
斉藤氏

家業を継いで10年目ですが、いい時もあれば悪い時もあるし、実は、悪い時や悩んでいる時間のほうが多いかもしれない。そういう時は辞めたくなるし、誰かのせいにしたくなる。でも、人のせいにして終わりにしないで、自責として捉えることが重要だと思っていて。

 

逆にうまくいっていると自分がすごいと思ってしまうけど、家業の場合は以前からのコンテンツが良くて、それを活かしているだけということもあるし、周りの人に感謝して、調子に乗らないということが重要。

 

そして、悪いことが起こったとしても、いずれ良くなると信じて頑張る。そのためにはビジョンが必要なんですよ。家業として次世代に引き継ぎたいなら、「どんな状態で引き継ぎたいのか」を考えて、そのためには何をするのか、辛い時でも立ち返ることが重要だと思います。

門間氏
門間氏

奥村氏
奥村氏

ありがとうございました。お二人とも挑戦されて、動かれている。考えて動いて、ダメだと思ってもやり切って、それを糧としているのが印象的でした。

 

その点、「アトツギ甲子園」は失敗しても痛くも痒くもないので、うまく使っていただければと思います。一歩動き出そうと思った方は、その一歩としてご検討ください。

 

 

 


アトツギ甲子園HPへ

 

■取材した人

サンディ/アトツギ総研 代表

1983年生まれ。京都大学経済学部卒業後、伊藤忠商事株式会社に入社。財務経理、経営企画を担当し、全社横断案件やグループ連結決算の開示業務に携わる。在職中に2年間のバンコク駐在を経験。2017年に同社を退職後、シンガポールのNanyang Technological University(南洋理工大学)にてMBAを取得し、2018年9月から2020年12月まで一般社団法人ベンチャー型事業承継事務局長を務めた。現在はアトツギ総研所長を務める他、在シンガポール企業のDirectorとして東南アジアでの事業に携わる。

SNSで記事をシェア