おのおのが生かし合う、ぬか床のようなチームをつくりたい
うまもん株式会社
社長室室長 中野百合子氏
「漬物が旨ければ 一日が幸福です」と小説家の宇野千代は書き残した。彼女が愛したのは山口県の老舗漬物屋「うまもん」の漬物。300年の昔、醤油業から始まり、昭和33年より業態を変え、現在は漬物製造業を営む。日本人の食生活が洋食化に傾くなかで、漬物の素晴らしさ、ひいては菌の素晴らしさを広めたいと奮闘するのは、アトツギ予備軍の中野百合子さん。
うまもんの漬物は、植物乳酸菌発酵・天然発酵・自然発酵という昔ながらの発酵技術をもって作られ、食品添加物は一切含まれない。素晴らしい品質の漬物も、コロナ禍で大きく売り上げを落とすことに。しかし逆境のなかでも、中野さんの新しくユニークな取り組みは話題を呼んだ。迷いながらも、自分がワクワクできる方へと進む。その先になにがあるのかはまだわからないけれど。そんな中野さんの旅の途中を覗かせていただいた。
出典:令和2年度中小企業庁/プッシュ型事業承継支援高度化事業/「ロールモデルのクローズアップ」事業「継ギPedia」(http://tsugipedia.com/)
家業にはずっと興味がなかった
子どものときから家業には興味をお持ちでしたか?
全然興味はありませんでした。興味が出てきたのは、家業に関わるようになってからです。
では、家業に関わるようになるまでの経緯について教えてください。
大学時代は幼稚園と小学校の教員免許を取得しました。教員になることを目指していたのですが、大学3年生のときにふと「私は教員になるという目的はあっても、教員になったあとの目標がない」ということに思い当たったんです。そこから方向転換をして、就活を始めました。
どのような会社に就職されたんですか?
東京の会社で、ベンチャー企業向けに幹部クラスの人材紹介をする事業でした。いわゆるヘッドハンティングの会社ですね。そこで営業をしていました。
おお……教員を目指していたころから考えるとギャップの大きい就職先ですね!
そうですよね(笑)。さまざまな社長さんたちとお話する機会もありました。みなさん大きなビジョンを実現しようとされていて、とても刺激的で楽しかったです。
経営者の方の価値観に触れられる機会はとても貴重ですよね。充実した会社員生活を辞めて、家業に戻られたのはなぜなんですか?
就職後、最初のお正月に帰省したとき、家業で働く家族を見て、それまで感じることのなかった違和感を覚えました。私にもなにかできることがあるのではと思い、山口に帰ってくることを決めました。
就職して間もないのに、大きな決断をされたんですね。
小さい頃は家業の漬物には全く興味がなかったとのことでした。入社後に興味が湧いたとのことでしたが、なにかきっかけはあったんでしょうか?
店頭に立って漬物を売るようになって、この漬物というモノに対してお客さんが喜んでくれる、ということに衝撃を受けたんです。もともと前職では無形資産を売っていたこともあって、モノがあるってすごいなと思いました。
あとは、従業員さんから祖父の話を聞かせてもらったことも大きいです。祖父は私が入社するよりも前に亡くなっているので、従業員さんの話を通して祖父の漬物愛に触れることができて、「うちの漬物」というものに対する見方が変わりました。
漬物業に業態を変えられたのがお祖父さまですもんね。
そうなんです!それから自分でも漬物や発酵、菌のことについて調べるようになりました。知れば知るほど、魅力的な分野だなと思うようになりました。
コロナ禍で生み出したオンラインぬか床教室
2020年は多くの会社さんが新型コロナウイルスの影響を受けたと思います。うまもんさんでも、影響はありましたか?
ありましたね。うちの本店は岩国の錦帯橋の近くで、いわゆる観光地なんです。うちのお店も観光ルートに入れていただけることが多くて、観光バスの立ち寄りは1年間で700台はあったのですが、今年はずいぶん減りました。
700台ですかー!!
はい。特にお花見のシーズンは多いのですが、今年はそれもなくなりましたしね。自社販売の他にも、ホテルや旅館関係に卸す業務用の漬物も売り上げが落ちました。
そういったなかでも中野さんは新たな取り組みに挑戦されていますよね。zoomで工場見学をする企画があるとお聞きしたときは、とてもユニークだなと思いました!
ありがとうございます!オンラインでの工場見学はとても好評でした。外出できないから、オンラインで参加できるのはありがたいとか、実際にも行ってみたくなったとの声をいただいています。
他にもコロナ禍で新たに取り組まれたことはありますか?
ぬか床教室ですね。うちは昔からお店でぬか床体験教室というのをやっていたんです。けれど、コロナの影響で今は開催できません。そこで、配送可能なぬか床キットを作ってオンラインで販売し、あわせて体験教室にもオンラインで参加できるよう体制を整えました。
このアイディア、めっちゃ良いですよね!クラウドファンディングにも挑戦されたとお聞きしましたが。
はい。ぬか床キットの販売と、ぬか床を作ったあとのフォローアップをオンラインで行える仕組みづくりを実現したくてクラウドファンディングにも挑戦しました。
12時間で目標の30万円を達成、最終的には150万円以上の支援が集まったとか。本当に多くの方の共感を得たプロジェクトですよね!ぬか床は体に良さそうだし、やってみたいけど、何から始めれば良いのかわからない……という人にとって、すごく嬉しい取り組みだと思います。
ありがとうございます!ちょうどお家時間が増えることで、菌を育てやすい状況でもありましたし、菌には免疫力アップ効果があるという面も響いたと思っています。
今後の課題はより良いチームづくり!
中野さんはコロナ以前にも、「発酵朝食付き!もくもく菌活♩読書会」というイベントを主催されるなど、さまざまなことに挑戦されています。家業に入ってから、このような新しい取り組みを始めようと思ったきっかけは何ですか?
それは、自分がワクワクできて、かつ社内の既存の部署にあまり干渉しないことをやった方が良いと思ったからです。製造、販売、営業などの既存の部署で新しい挑戦をしようとしたこともあるのですが、なかなかうまくいきませんでした。
今の自分には、既存の部門で新しいことをするのはハードルが高いと感じました。それよりも、自らが新しいものを生み出していく方が、変化も早いし、物事を動かしやすいなと思っていろんな企画を立ち上げたんです。
ユニークな取り組みをたくさん企画されている中野さんですが、発想のヒントはどういうところから得ていらっしゃるんですか?
前職がベンチャー関係の会社だったのもあり、今でもベンチャー界隈のニュースにはアンテナを張るようにしています。
あとは、広島県にあるイノベーション・ハブ・ひろしまCampsという施設へ相談に行ったり、山口県が主催している「やまぐち未来ベンチャー」というプログラムに参加したりと、さまざまな支援機関とつながって、いろんな方にアドバイスをいただく機会を作るようにしています。
やはり、アイディアや悩みを自ら発信して、反応をもらうといったコミュニケーションは大事ですね。
そうですね!
新しい取り組みのなかで感じている課題などはありますか?ご苦労なさっていることとか。
いろいろありますが、特にチーム作りはこれからの課題ですね。今まで製造業しかやってこなかった会社なので、いきなり社内から新企画のメンバーを集めようと思ってもなかなか難しいです。現在は外部の方とチームを組んで進めていますが、いずれはもっといろんな人を巻き込んでいけたらと思っています。
今は正社員じゃなくても、副業やリモートという形で関わってもらうこともできますしね。
そうですよね。うん。頑張ります!
実現したい漬物と菌の未来
新しいことを始めるなかでも、変わらずに大切にしたいことはありますか? これまで家業で培ったもののなかで、これだけはしっかり伝えていきたい!というような。
300年の歴史あるこの会社は、醤油から始まって、いまは漬物を生業としています。つまり300年のあいだずっと菌にお世話になってきたということです。乳酸菌とのご縁ですね!ですから、この家に生まれた私は、この菌というものを世の中に広めていくことが使命なんじゃないかって勝手に思っているんです。
新しいことを始めるときも基本にあるのは、みなさんに菌に親しみを持ってもらいたいという思いです。今よりももっと大きなフィールドで、多くの人に菌がより身近に感じられる体験をしてもらいたいと思っています。
では、10年後のビジョンについてお聞かせください。どんな未来を描いていますか?
漬物をより楽しんでもらえることを目標に進んでいけたらと思っています。今は、漬物に対してあまり良いイメージを持ってもらえていないので。
そうですか?
はい。塩分が多いというイメージとかは特に根深いと思いますね。どうしても乳酸菌といえばヨーグルトを先に思い浮かべる人も多いですし。でも漬物なら、乳酸菌と食物繊維がどちらも摂れるんだよってことはあまり知られていない。
そもそも日本の発酵食品全体は衰退市場なんです。ご飯よりもパンの消費量の方が増えて、日常生活にお漬物などの発酵食品が登場しなくなっています。けれど、本来の日本人の体の力を生かすためには、日本の発酵食は最適だと私は思うんです!
なるほど。
いまは特にコロナの影響下で、殺菌や滅菌という風潮が広がっています。さらに、スーパーに並ぶ漬物も保存料などの添加物を入れることで、菌を活性化させないようにするんです。
けれど、菌は悪者ではありません。日本人は菌とともに生きてきました。漬物の起源は、たまたま海水が入った甕のなかに野菜を入れたらより長期間美味しく食べることができたという発見だったとも言われます。つまり、余計なものを入れずに、余計なエネルギーも使わずに美味しく食べられるのが自然発酵の漬物なんです。
そうやって、菌を生かす、時間を生かすことで、漬物という発酵食品をみなさんがより楽しんでもらえるよう、いろんなことに取り組みたいと思っています。
すばらしいですね。多くの人に届けるためには、やはりインターネットの活用が鍵になりそうですか?
そうなると思います。みなさんにもっと発酵を楽しんでいただいて、菌ちゃんを可愛がってもらいたいですね。
菌思考で、「発酵する自分」「発酵する組織」になろう!
以前の中野さんのように「家業に興味が持てないな」と思っている人や、家業を継ごうかどうか迷っている人、家業に興味はあるけれど踏み出せないという人に向けて何かメッセージをいただけますか?
自分がワクワクすることをやったら良いと思います。この考え方は菌に教えてもらったことなんです。菌には発酵と腐敗の分かれ道がありますよね。発酵すれば美味しい食品になるし、腐敗すれば食べられません。美味しい発酵食品のようになっていくため、自分が発酵できる道を選んだ方が良いということです。「なんか嫌だな」と思うことは選ばず、「いいな」と思う方へ進んでみる。私はこれを菌思考と呼んでいます。
菌思考……ですか?
はい。菌というのはおよそ36億年前に生まれたものです。人間より遥か昔から存在した菌ちゃんに今こそ学んでいこうじゃないかという考え方です。
なるほど、菌は人間の大先輩なわけですね。その菌思考というのは、具体的にはどういう考え方なんですか?
菌思考は、菌というもののあり方を反映したもので、大きく3つに分類されます。一つ目は、おのおのが使命に生きているということ。二つ目は共生を大事にしていくこと。三つ目は発酵と腐敗はあくまでその人自身の主観によって決められるということ。
面白いですね!
私はこの菌思考で生きていきたいと思っていますし、この考え方に共感してくれる人たちとチームを作っていきたいです。ぬか床みたいな組織を作りたいんです。
ぬか床みたいな組織……とは?
はい。ぬか床には多種多様な菌ちゃんたちがいて、おのおのがおのおのらしく生きながらも、共生関係にあり、そこでは美味しいぬか漬けが育まれます。良いぬか床のように、常に発酵していく組織を作っていきたいですね。
なるほど。いいですね、ぬか床のような組織!今後中野さんの思いに共感してくれるチームメンバーが揃っていくといいですね。どんな商品が生み出されていくのか楽しみです!
本日は貴重なお話をありがとうございました。
【山口県】
うまもん株式会社 http://www.umamon.co.jp/
社長室 室長 中野 百合子 氏
■取材した人
ゴードン/編集長
家業である和紙卸問屋で4代目候補として8年従事。
アトツギの苦悩を誰よりも理解していることから、孤軍奮闘するアトツギに感情移入しがち。関西大学「ガチンコアトツギゼミ」非常勤講師。