印刷会社がペーパーレスを提案!? 沖縄のデジタル化をけん引して業界全体を盛り上げる

有限会社朝日印刷
代表 上原俊哉 氏

創業以来、半世紀以上にわたって印刷業一筋で歩んできた沖縄の「朝日印刷」。26歳で母の会社に入った4代目の上原俊哉社長は、印刷物が減って業界の先行きが危ぶまれる中、生き残り策を10年以上模索してきた。その結果、沖縄でまだ進んでいなかったITに着目。5つの新事業を立ち上げて40歳で代表に就き、新型コロナで印刷業界が打撃を受ける中で順調な成長を遂げている。

印刷会社があえて紙を減らす試みを。同業他社をライバル視せずサポートして、低迷する業界を盛り上げたい。上原社長の活動の根っこにあるポジティブ思考がどこから生まれ、どう周囲に影響を広げたのか。そして前向きで明快な将来展望にも迫る。

出典:令和2年度中小企業庁/プッシュ型事業承継支援高度化事業/「ロールモデルのクローズアップ」事業「継ギPedia」(http://tsugipedia.com/)

 

 

 

印刷業はやり尽くした。新しくやるなら、内地にあるけど沖縄にないもので

マッキー
マッキー
沖縄の印刷会社さんということで、事業内容と現状から教えてもらえますか?


今年で67周年、私で4代目の会社です。それなりに伸びてきたんですが、ここ15年ぐらいは印刷物自体が減っているので売り上げも下がっています。

それに沖縄には印刷会社が100社以上もあって、県の規模からいって結構多い。だから印刷物を取り合っている状況です。伝票、封筒、チラシ…。印刷って、どこかの会社が飛び抜けてできるわけじゃない。大きな機械を持っているかいないかの違いぐらいで。

上原氏
上原氏
マッキー
マッキー
確かに、個性を出すのが難しそうです。
入社したのが26歳で、20代は印刷に関わることをずっと考えていました。付箋、うちわ、クリアファイル、マグネットシール…。グッズやらパッケージやら、沖縄は観光立県なのでお土産関係も。デザインと印刷をいろいろやってきましたが、どれも投資した額を回収する程度でした。
上原氏
上原氏

マッキー
マッキー
自転車操業みたいな感じですか?
はい、「印刷×○○」はやり尽くした感じです。デザイン力を強化して、コンペで仕事を取った時期もありました。印刷料金はどの会社でもあまり変わりはないけど、デザイン料は上乗せされていくので。でもそれも頭打ちで、伸びる時期もあるけど、また下がるの繰り返し。
上原氏
上原氏
マッキー
マッキー
印刷業でやれることは全てやった感じですね。そこからどうされたんですか?
元々私は東京でシステムエンジニアをしていました。だからまず社内のIT構築とネットワーク整備に取り組んでみたら、事業効率が大分上がったんです。
上原氏
上原氏
マッキー
マッキー
それでIT を使って事業展開もしてみようと?

具体的な事業化のきっかけは、2019年に東京や千葉のITイベントに足を運んだことでした。内地にあるけどまだ沖縄にはないものを探していて気付いたのが、書類の電子化でした。印刷会社があえてペーパーレスに挑戦するからこそ面白いと思ったんです。ちなみに当社のアドレスはpaperless.co.jpなんですよ。
上原氏
上原氏
マッキー
マッキー
なるほど!印刷会社が手がけるペーパーレス事業の強みってどのへんにあるんですか?

例えば、学校では必ず紙で文集を作りますよね。印刷屋の制作ノウハウで作った文集をデータで渡して、学校のホームページからダウンロードしてもらえばそれで済んじゃう。紙媒体で置いておくと古びたり無くしてしまったりしますが、電子化すると過去の文集をwebにアップしたりできる。紙の購入コストを考えると、こちらとしてはお客さんに渡すのが紙でもデータでも、利益があんまり変わらないんです。

また、既存の印刷の顧客に対してペーパーレスのご提案ができるので、新規事業で大変な顧客獲得もやりやすいということが、印刷会社ならではの強みです。

上原氏
上原氏
マッキー
マッキー
紙で頼まれていたところに、営業や販売を通じて電子化のご提案をするだけでいろんなチャンスが巡ってくるんですね。ライフラインに「38歳で5つの事業を立ち上げた」とありますが、ペーパーレスの他は何でしょう?
パソコン修理・販売とWeb制作、サーバー構築、通信機器販売です。例えば、たまたま会社に入れたセキュリティサーバーがすごく便利で、コロナ禍のリモートワークに最適だったから「朝日印刷でも全デザイナーが自宅で作業してます」と宣伝したり。
上原氏
上原氏

 

 

 

朝礼で培われていった社員のモチベーション。覚悟を形にして新事業へ。

マッキー
マッキー
新事業は上原さん1人でされてるんですか?

いとこと一緒に営業をやってます。元々名古屋でパソコンや通信機器、HP制作を得意とした会社をやっていた人で、以前から「印刷やばいよ」「いつか一緒に仕事したいね」なんて話をしていたんです。で、いざ事業展開するときに名古屋まで話をしに行ったら「面白そうだね。手伝うよ」って。会社たたんで沖縄まで来てくれたんですよ。実はいまここに同席しています(笑)。
上原氏
上原氏
マッキー
マッキー
頼もしい助っ人ですね。既存社員との軋轢などはなかったんですか?
印刷業の売り上げが減って、時間が余ってきているのはわかってましたから。将来のために新しいことを始めようって話に反対する人はいませんでした。
上原氏
上原氏
マッキー
マッキー
社員さんも危機感を持っていたんですね。ITについて詳しくない社員さんをどんな気持ちで導いていったんですか?

「社員の給料を上げたい」「ボーナスも出したい」って思っても、利益が少ないから難しい。でも誰にも「印刷業界に就職したのが失敗だった」とは思ってほしくなかったんです。ずっと頑張ってくれてる社員に「朝日印刷で働いてよかったな」と思ってもらえる会社にしたい、その一心でした。
上原氏
上原氏
マッキー
マッキー
具体的な取り組みは何か?
朝礼ですね。毎週月曜に全員で朝礼をしているんです。以前は専務が慣例的にやっていたんですが、2019年初めから私が発言する形に変えて、「今後どうしていくか」という展望を毎週語り続けているんですよ。もう2年ぐらい続けています。

たまに社員にレポートを書いてきてもらって、しゃべってもらいます。頭で思っているのと口に出して言うのとは全然違うし、みんなの前で話すってことはプレッシャーを自分で与えるみたいなものだし。

上原氏
上原氏
マッキー
マッキー
どんなお話が出ますか?急に言われても話せない人が多いのでは?
「給料これぐらい欲しい」とかでもいいんですよ。最初は一言二言、「今週はこれを頑張ります」みたいな感じでした。でもちょっとずつ話す量が増えてきて、だんだんみんなの言葉が経営者並みに熱くなってきたんです。
上原氏
上原氏
マッキー
マッキー
それは上原さんが毎週未来のことを話し続けてるからでしょうか?
そうです。みんな最初の頃は、「何言ってんだ」みたいな感じで、ポカーンと聞いてました。でもこっちが毎週言い続けてると、「便乗しても大丈夫そうだ」という意識になっていくんですよね。
上原氏
上原氏
マッキー
マッキー
言い続けるのが大事なんですね。

最終的にIT化に向かうと決めてから、11人の全社員と面談しました。それで全員「一緒にやりたい」と言ってくれたので、「じゃあ事業計画書を作って、借り入れの準備をします」と伝えました。

新事業のために何千万もの借り入れをすることになりました。印刷の売り上げだけでは絶対返せない額です。銀行が「現社長では貸せない」と代表の交替を条件にしてきたので、40歳で代表に就任しました。

上原氏
上原氏
マッキー
マッキー
相当な覚悟ですね。
覚悟と言えばもう一つ、IT化を始める前にボーナスを出したんです。以前は決算でちょっと寸志を出してたぐらいで、経理の人も「どこに出すお金があるんですか?」って。「お金ないですけど、一律でボーナス出します」って言ったら、社員みんな「えー!?」ってびっくりしてましたよ。
上原氏
上原氏
マッキー
マッキー
「ITで未来を作っていくんだ」という覚悟をボーナスという形で示されたんですね。それでIT事業を実際に進めていくと、お客さんの反響はどうでしたか? 

印刷業にITの営業を上乗せするイメージなので、印刷業の得意先=ITのお客さんになるわけです。「チラシ増刷どうですか」という営業に加えて「最近パソコンの調子どうでしょう」と。「え、パソコン見られるの?」と聞かれれば「最近パソコンに力を入れてるので無料で診断しますよ」「うちHPも作れるんですよ」と会話が進む。元々信頼関係ができているから、飛び込みで入っていくよりスムーズです。社長が代替わりして新事業を展開する、その中身が「印刷+IT」と言えば面白がって話を聞いてもらえます。
上原氏
上原氏
マッキー
マッキー
社員さんの取り組みは順調ですか? 
デザイナー自身が勉強してHPの制作も始めたんですけど、お客さんからの評判がすごくいいんですよ。デザイナーって元々センスがある。前に印刷のデザインコンペに参加してたときから結構勝ってましたし。
上原氏
上原氏
マッキー
マッキー
印刷から始めている人って、デザイン歴長いから強いですよね。最近のWEBデザイナーって、WEB自体が新しい技術だからデザイナー歴自体は短い人がやっているケース多いですもんね。 

「印刷+IT」のチラシに載せてるイラストも、デザイナーが作っているんです。社員のキャラクターがすごく似ててね。そういう形で社内の空気が変わっていって、ITの売り上げ上昇につながっています。
上原氏
上原氏

 

 

 

同業他社がライバルから協力会社へ。印刷業界全体を盛り上げる

マッキー
マッキー
一つ気になったんですが、電子化って同業他社の仕事を奪うことになりませんか?福岡で運送業をやってるうちの父を見ていると、同業他社への気遣いみたいなのを感じるんですが…。 
確かに「何やってんだ朝日印刷!」ってなりそうですよね。でも実際は「いいなあ、事業展開ができて」って言われるんですよ。みんな苦しいから。
上原氏
上原氏
マッキー
マッキー
へえ、そうなんですか! 

 

うちには、冊子をスラスラと電子化できる機械があるんですね。その機械がなくて1枚1枚スキャンしなきゃいけない業者さんに「うちで安くやりますよ」っていう話もできます。そうなると同業者がライバルじゃなくなるんです。
上原氏
上原氏
マッキー
マッキー
同業他社が困っている部分を朝日印刷の電子化技術でサポートするんですね。 
はい、それで業界全体を盛り上げていこうと。いろいろ提案していくうちに「うちの社のパソコンも見てください」とか「うちもHPを作りたい」みたいな話も出てきて。今では協力会社みたいな関係になっています。
上原氏
上原氏
マッキー
マッキー
なるほど。今後もIT関連の5事業を軸に展開されるんですか? 

そうですね、今は印刷業務の売り上げがコロナの影響で5割も減っていますから。企業の営業活動が止まると名刺や請求書なんかの回転が鈍るので、もともと利益率が低い印刷業全体が大きな打撃を受けています。逆にITはすごい伸びですよ。同業者さんに「どうITの方は?」って聞かれて「忙し過ぎるぐらい」って答えると、うらやましがられます。本当は一緒にいろいろやりたいんですけど。
上原氏
上原氏

 

 

 

仕事と人生を楽しんで、沖縄で1位を目指す

マッキー
マッキー
上原さんはアトツギに必要なものって何だと思いますか? 

うーん、一回しかない人生を楽しむってことが大事だと。東京のIT企業を退社後、23歳から1年半海外をバックパッカーで旅したことがありました。髪はロン毛、服はボロボロでアメリカを横断したり、キューバあたりの中米まで足を延ばしたり。

 

そこで出会った人って、その日暮らしなのにポジティブで底抜けに明るかったんです。物事を前向きにとらえれば、なんだかんだでいい方向に向かうって、貧乏旅で学びました。その後沖縄に戻って、朝日印刷に入社したんです。

上原氏
上原氏
マッキー
マッキー
なるほど、そういう体験をされていたんですね。 
私は「印刷+IT」って決めるまで結構時間がかかりましたけど、一生懸命考えて見つけて、それをやっていきたいと思えるかどうか。いざ動き出せば私のいとこみたいに、「こっちの方が楽しそう」って人が集まってくる。やっぱり仕事って楽しくなきゃだめだと思います。
上原氏
上原氏
マッキー
マッキー
これからの展望もお聞きしたいです。10年後どんな朝日印刷になっていたいですか? 

はっきり言ってしまえば、沖縄で1位になりたいです。今沖縄で一番税金納めているのは電気通信の会社。沖縄から飛び出した企業って、あまりないんですよ。だから沖縄が本社で、名古屋、東京…って支店を作っていきたい。実際、もう名古屋支店の準備を始めてるんです。

それで決算を沖縄で上げて、沖縄にお金を全部落としたいんです。

上原氏
上原氏
マッキー
マッキー
業界限らず、沖縄県と言えば朝日印刷さんだと? 
はい、朝日印刷だけどITをやってる。今沖縄1位とか言ってたら恥ずかしいですけど、10年後ぐらいなら(笑)。あとは、今年で67周年だから、100年までは継続したいです。
上原氏
上原氏
マッキー
マッキー
うちの家業も60年超えたんで、100まではちゃんとやりたいって話はしてます。10年後は後を継いでるかもしれないんで、福岡で支店を出すとなったらぜひお声がけを! 

遊びに行きますよ。一緒に100周年のパーティーもしましょう。まずは70周年、荒巻さんももう社長に就任されてる頃じゃないですか?
上原氏
上原氏
マッキー
マッキー
そうかもしれません。本当にぜひまたお会いしたいです。今日はどうもありがとうございました。 

 


【沖縄】

有限会社朝日印刷    https://www.paperless.co.jp/

代表 上原 俊哉 氏


 

■取材した人

マッキー

1995年生まれ。ベンチャー企業に勤務しながら、アトツギベンチャー取材やイベント運営を担当。

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