「いい技術も、伝わらなければ意味がない」売上はネットが7割の鍛冶屋が強化したブランド戦略

ふくべ鍛冶 
代表 干場健太朗 氏

石川県・能登半島の鍛冶屋・ふくべ鍛冶は、明治41年から包丁や農具、漁具といった暮らしの道具を作り、修理を手掛けて、能登の農業と漁業を支えてきた。

近年ではインターネット販売にも力を入れており、簡単注文できる包丁研ぎ宅配サービス「ポチスパ」で全国のユーザーを獲得。「イカ割き包丁」は、テレビ番組で紹介されて以来注文が殺到し、現在納品まで2年待ちだ。このように、しっかりと商圏を広げている。

「勤めていた役場の仕事は誰かに代わることができる。けれど、アトツギに代わりはいない。それに、うちが無くなれば困ってしまう方が多かったから継ごうと決心しました」

そう語るのは、町役場に12年勤めた後、33歳で家業に入った干場健太朗社長である。

家業に入ってから、移動販売の開始、インターネットでの情報発信やメディアへの露出強化、ネット販売への注力など、新しいチャレンジを重ねて売上を着実に伸ばしてきた干場社長。それらに取り組めたのは、「いい技術も伝わらなければ意味が無い」という思いがあったから。

家業に入るまでの経験、事業・技術承継の進め方、そして変わらない“能登に根差して事業を行う”スタンスや今後のビジョンを干場社長に伺った。

出典:令和2年度中小企業庁/プッシュ型事業承継支援高度化事業/「ロールモデルのクローズアップ」事業「継ギPedia」(http://tsugipedia.com/)

 

 

 

「役場の仕事に代わりはいても、アトツギに代わりはいない」

と継ぐことを決意

ゴードン
ゴードン
まずは、御社の事業内容を教えていただけますか。
明治41年の創業以来、包丁や農具、漁具、山林刃物といった暮らしの道具を幅広く手がける「野鍛治」を生業にしてきた企業で、私が四代目になります。6年ほど前までは石川県の能登半島を商圏として、なた・鎌・くわ・包丁などの製造・修理を行っていましたが、現在はインターネット販売に注力していて、今年はネット販売の売上が7割を占めるなど店舗の売り上げを上回りました。
干場氏
干場氏
ゴードン
ゴードン
すごい伸びですね!干場さんは学生時代から家業を意識されていたんですか?

人口減少や機械化に伴って鍛冶屋の仕事は減ってきていたので、家族からは「家業を継がずにサラリーマンになりなさい」と言われて育ちました。ただ父親からは、「長男なので、地元には必ず戻って来い」と言われていて。京都の大学を卒業後、能登町役場に就職しました。
干場氏
干場氏

ゴードン
ゴードン
家業を継いでほしいと言われてはいなかったのですね。就職先として役場を選ばれたのはなぜですか?
幼いころから、町を盛り上げたいという気持ちを強く持っていたんです。祭礼などもすごく好きだったし、「さびれていく地元を何とかしたい」と思っていて。大学時代は京都のNPOセンターでインターンシップ生として地域づくりを学びました。そこで得た知識を地元に還元しようと思い、役場に入ったんです。
干場氏
干場氏
ゴードン
ゴードン
役場ではどんなお仕事を?
12年間勤めた中で、中小企業の支援をしたり、商工観光課時代は地域の特産品を首都圏で販売したり、教育委員会で地域に根付く伝統文化の継承を支援したりとさまざまな仕事を経験しました。伝統文化の継承や商工関係の支援業務には家業と重なるところもあったので、いずれ家業を継ぎたいとは思うようになっていったんです。
干場氏
干場氏

ゴードン
ゴードン
12年間勤められて、家業に入ることを決断されたのはどんなきっかけからだったんですか?
うちは父親が職人、母親が店番役という役割で家族経営をしていたんですが、私が33歳の時に母親が病気で他界してしまったんです。役割分担ができなくなって仕事が回らなくなり、父親が「もう俺はできない」と言い出して。
干場氏
干場氏
ゴードン
ゴードン
そうお父様から告げられて、決意が固まったのですか?
悩みましたが、地域に一つしかない鍛冶屋ですし、農業・漁業が基幹産業の能登半島ではうちが無くなると困ってしまう方も多かったんです。役場の仕事には代わりがいる。だから、代わりがいない家業を継ごうと決心しました。
干場氏
干場氏

 

 

 

どんなにいい技術があっても、伝わらなければ意味が無い

ゴードン
ゴードン
家業に入られてから、まずどんなことにチャレンジされましたか?

役場で人口統計の仕事をしたときに、「25年後には能登半島の人口が半減する」という推計を目にしたんです。それ以来、「地域のお客様だけを相手に商売していては、やっていけないぞ」という危機感は抱いていました。そこで、最初に力を入れたのがメディアへの露出です。メディアの方に注目いただける情報発信を心掛けていた結果、地方紙から始まり、全国放送や雑誌などでたくさん取り上げていただきました。ここ5年ほどは週1回のペースで取材を受けましたね。
干場氏
干場氏
ゴードン
ゴードン
どんな切り口で、そんなにたくさんのメディアに取り上げられたのですか?
移動販売を始めたんです。実は当社の創業者は、馬車で行商をしていたんですね。各集落を回り、農家さんの家の土間を借りて、集落全体の道具を修理していました。商店街に店を移して移動販売はいったん無くなったのですが、お年寄りのお客様が「重いくわなどを持って修理に来るのが一苦労だ」と話されていて。それで移動販売を始めました。
干場氏
干場氏

ゴードン
ゴードン
なるほど。移動販売について魅力的に情報発信していたからこそ、メディアに取り上げられたのですね。ちなみに、ホームページを拝見してデザインがすごく素敵だなと思ったんですが、どんなこだわりをお持ちなんですか?
どんなにいい情報や技術を持っていても、人に伝わらなかったり知られなかったら、まったく意味が無いと思っているんです。だからこそ、ホームページはターゲットとしている30代〜50代の方にしっかりと魅力が伝わる表現やデザインを心掛けています。素晴らしいデザイナーと巡り会えたことも大きかったです。
干場氏
干場氏
ゴードン
ゴードン
デザイナーは県内の方ですか?

今は金沢ですが、この春うちから徒歩5分のところに事務所を構える方です。能登出身で、一度都会に出て、地元の良さに気付いてUターンされるWEBデザイナーで。デザインはただ洗練されていたらいいというわけではなくて、能登の良さや地元へのリスペクトもミックスして付加価値を出せるようなデザインを希望していたのですが、そのあたりの要望をばっちり汲み取ってくれました

干場氏
干場氏
ゴードン
ゴードン
移動販売以外では、どんな戦略で事業を進めていきましたか。
移動販売で地域のお客様のお役に立つことはできましたが、利益が多く出るものではなかったので、利益の柱を作らねばと思っていました。「地域の『困った』を『良かった』に変える」という企業理念に沿って考えていると、地域で必要とされている珍しい道具がまだまだいっぱいあることに気付いて。だから、そういった道具を作ってニッチトップを狙おうと思いました。
干場氏
干場氏
ゴードン
ゴードン
なるほど。具体的にはどんな道具ですか?
「サザエ開け」という道具です。海女さんは、海に潜って獲ったサザエを2~3時間掛けて金づちで叩いて割って処理していたんですが、殻が混ざったり怪我したりと大変な思いをされていて。この作業を簡単にする道具を開発したいと思い、ビジネスマッチングフェアに出て技術を持った企業に相談しました。それで、これまでの半分以下の時間で作業ができる道具が開発できたんですね。安定的に注文をいただいています。
干場氏
干場氏

ゴードン
ゴードン
サザエ開けもそうですし、イカ専門包丁やカキ開けの道具などニッチな道具をたくさん開発していらっしゃいますよね。先代から受け継いできた商売の精神で、今も一番生きているものはどんなものでしょうか。
相談事は断らずにとにかくやってみるということですね。昔も今も、地域のお困りごとを解決する鉄の便利屋として、どんな相談事が来ても知恵を出したり他の業者さんに手伝ったりしてもらったりしながら解決しているんです。
干場氏
干場氏
ゴードン
ゴードン
インターネット販売はどのようにして軌道に乗っていったのですか?

最初は、ECサイトを作っても、誰にも知られていないから月数千円しか売れなかったり、モールに出店したらマージンをかなり取られるので売れても利益が残らなかったりと苦労しました。転機は、県の産業創出機構が主催するネット販売の勉強会に参加したことです。施策の成果がすぐに数字で表れるネットビジネスが性に合っているなと気付いて、蓄積型の情報発信ができる点もいいなと思いました。今はEC会員が5000人います。
干場氏
干場氏
ゴードン
ゴードン
素晴らしいですね。ネット販売の土台があることで、新型コロナウイルス感染拡大の影響も受けず、事業は順調なのでしょうか。
店舗に来店されるお客様は半数が観光客の方で、かつ観光客の方は購買単価も高かったために2020年の春先は大幅に売り上げが落ち込みました。ただ、2020年の夏から始めたインターネット広告で大きな成果が出て。ネット売上の増加分のうち5割ほどが広告経由です。
干場氏
干場氏

 

 

 

新しいチャレンジができたのは、補助金制度や金融機関のサポートを活用したから

ゴードン
ゴードン
お話を聞いていて、さまざまなチャレンジが成功されているように見えますが、一方でどんなことが大変でしたか。
先代から累積してきた借金ですね。僕が継いだ翌年に売上が2倍に上がって、その翌年の売上はさらに1.5倍になったのですが、売上が上がっても利子分を払うのに精一杯な状況でした。そんな中でチャレンジができたのは、いろいろな制度を活用したからです。
干場氏
干場氏

ゴードン
ゴードン
度とは補助金などですか?
はい。毎年3~4つの補助金を利用しています。補助金の活用に目が向いたのは、役場で中小企業の支援をした経験があったことが大きいですね。申請書の書き方のポイントなども心得てますから。あとは、地元の金融機関にも毎回助けていただいて。それらのおかげで今があります。
干場氏
干場氏
ゴードン
ゴードン
資金面を理由に新しいチャレンジを断念しているアトツギも多いのですが、制度や金融機関からのサポートは積極的に活用していきたいですよね。ちなみに、2020年1月に代表に就任されていますが、承継のタイミングはどのようにして決まったのですか?
商工会青年部の仲間は、親が亡くなったら継ぐという方が多かったんです。それで大変だった話もいろいろ聞いて、生前承継しないと後で苦しむのは自分だとわかっていたので、県の事業引継ぎ支援センターの方にも相談しながら計画的に承継を進めていきました。
干場氏
干場氏

ゴードン
ゴードン
お父様も「いいタイミングで引き継ぐことができた」と思われている?
父親は自分から言い出すタイプではないので、こちらから「このように考えているので、この計画に基づいた承継を進めていいですか?」と聞いて、了承を貰うだけにしました。スムーズに認めてもらえてよかったです。
干場氏
干場氏
ゴードン
ゴードン
お父様は職人なので、技術承継も大切かと思います。どのようにして進めていますか?
父親は今74歳なので、いつ引退しても事業に影響の無い体制を作っていかなければなりません。ただ、職人が一人前になるには15年掛かると言われるほど大変な世界です。そこで、人件費をかけて溶接・砥ぎ・鍛造の3分野それぞれで1人ずつ従業員を雇って、束になって父親から技術を吸い取る形にしました。
干場氏
干場氏
ゴードン
ゴードン
すごいですね。1人でやってきたことを3人に継承するシステムを知って、お父様はどんな反応でしたか。
職人気質で「俺の姿を見て技を盗め」というタイプなので、最初は戸惑っていましたね。でも、父の作業の様子を動画や写真で撮ったり、わからないことについては徹底的に質問したりすることを何回も繰り返して、ノウハウを吸収していっています。
干場氏
干場氏

 

 

 

「刃物の修理で日本一・世界一」を取り、能登地域を代表する企業に

ゴードン
ゴードン
干場さんは現在、どんなビジネス戦略を掲げられていますか。
さらに事業成長させるためには、大企業とは違うことをしなければと思っています。一般的な包丁メーカーは包丁を販売して、オプションとして修理サービスなどを提供していますが、うちは真逆で、オンライン刃物研ぎ宅配サービス「ポチスパ」という修理を入口にして「よければうちの包丁をどうぞ」という訴求をしています。ネット販売を始めるときに、「今の時代に求められている商売は何か」を見直した結果、「修理でいこう」と結論が出たからです。
干場氏
干場氏
ゴードン
ゴードン
それはどうしてですか?

包丁は各世帯に必ず1本はあるものですし、包丁研ぎの市場は何千億円とも言われているからです。需要喚起ができる市場だからこそ、「修理で溢れるくらい需要を取っていく」というビジネスモデルに完全転換して、「刃物の修理で日本一・世界一を取る」という目標を掲げたんですね。
干場氏
干場氏
ゴードン
ゴードン
なるほど。その目標達成にあたって課題となっていることはありますか。
2021年からは包丁研ぎのサブスクモデルも始めるのですが、職人1人あたりが1年間に研ぐことのできる包丁は最大1万本です。売上を上げるためには職人数を増やさないといけませんが、人件費が膨らみますし、職人はすぐに育成できるものでもありません。そこで、取り組んでいるのが機械化です。まずは補助制度を利用して数百万円の投資で、包丁の形や長さを瞬時に識別してそれぞれに合った研ぎ方ができる、全自動包丁とぎ機の開発に取り組んでいます。将来的には、DX(デジタルトランスフォーメーション)にも力を入れていきたいと考えています。
干場氏
干場氏
ゴードン
ゴードン
包丁研ぎの自動化が実現できたら、さらにビジネスがスケールアップしそうですね!それでは最後に、今後のビジョンを教えてください。

能登地域を代表する企業になりたいです。農業や漁業といった地場産業を支える道具を提供し続けたいですし、地元の方をどんどん雇用できる企業になりたいです。地元の高校生が、就職希望先のアンケートに「ふくべ鍛冶」と書いてもらえるようになったらうれしいですね。
干場氏
干場氏
ゴードン
ゴードン
素晴らしいビジョンですね。制度や金融機関のサポートを活用してチャレンジを重ねてきた干場さんの経験は、多くのアトツギの方の背中を押すように思いました。本日はありがとうございました。

 


【石川県】

ふくべ鍛冶    https://fukubekaji.jp/

代表 干場 健太朗 氏


 

■取材した人

ゴードン/編集長

家業である和紙卸問屋で4代目候補として8年従事。
アトツギの苦悩を誰よりも理解していることから、孤軍奮闘するアトツギに感情移入しがち。関西大学「ガチンコアトツギゼミ」非常勤講師。

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