1981年の創業から40年にわたり、愛媛県今治市で地域に根差した学習塾を経営してきた佐々木進学教室。実績と信頼を得て市内に5教室を展開していたが、二代目の佐々木佑介氏が新規事業として個別指導の専門教室を開講。さらに地域の未来を見据えて、活力のある人材育成を目指し、幼児教室もスタートさせた。
先代である父の背中を見て“教育”に関心を抱きながらも、20代前半は「視野を広げたい」と大手予備校や人材会社、留学を経験。「大学に受からせたら終わりじゃなくて、社会で生きていく力をつけさせて、その人の人生の豊かさに貢献できる塾でありたい」。その想いに至るまでの経緯や、新規事業立ち上げの苦労、10年後のビジョンなどを聞いた。
出典:令和2年度中小企業庁/プッシュ型事業承継支援高度化事業/「ロールモデルのクローズアップ」事業「継ギPedia」(http://tsugipedia.com/)
視野を広げるために教育以外のいろんな世界を見る
佐々木さんは子どもの頃から家業に入ることを意識されていたんですか?
家業の塾には、私自身も小学生から高校まで通っていたので、父がやっている「家業」というものはわかっていましたけど、「継ぐ」ということは意識していなかったですね。
子どもの頃、お父さんの塾に通うのって気恥ずかしさみたいなのはなかったですか?
いえ、小学生の時は友達連れて遊びに行く場所みたいな感じで、むしろ楽しかったですね。中学生になると「お父さんの塾やろ」とか言われるようになったし、勉強ができなかったら恥ずかしいというのもあったから、逆に頑張ろうと思えました。
なるほど。ちなみに佐々木さんって野球で甲子園行ってるんですね! すごい!
はい。控えのピッチャーですけど、甲子園では三回戦まで行きました。そこで勝てたら斎藤佑樹君と勝負できてたんですけどね(笑)。
あ~、あの時代ですね(笑)。で、県外の大学を出られた後、大手予備校に就職されていますが、やっぱり教育関係に進もうと思われていた?
そうですね、父の背中を見ていましたし、人に教えるのは興味があったので。大学は経営学部だったんですけど、教員免許も取っていましたし。
就職された大手予備校というのはどんな感じだったんですか?
予備校と言っても小学生から教室がある塾で、私は小学生と中学生を教えていました。授業の質にこだわる塾だったので、上司の前で授業を練習として見せて、OKもらわないとダメでした。これが結構大変でしたね。
2年です。その後、自分の人生でやっておきたいことをやろうと思って、お金を貯めてバンクーバー(カナダ)へ留学しました。
教育実習の時に、先生から「学校は独特な世界だから、民間も見ておいたほうがいい」って言われたんで、民間の塾に就職したんですけど、やっぱり「塾」というのも独特な業界だから、視野を狭くしたくなくて海外へ行ったんです。
人材会社に就職しました。人に関わってプラスに導いていく仕事だけど、教育とは違うことをやりたくて。
新卒の大学生向けのマッチングサービスを展開している会社で、企業向けには人事に営業かけて学生さんを紹介。学生にはカウンセリングして求人票のある企業の紹介ですね。
この時の経験があったから、後に家業を継いだ時に、大学に受からせたら終わりじゃなくて、社会で生きていく力をつけさせて、その人の人生の豊かさに貢献できる塾でありたいと思うようになりました。
まわりを味方につけ、父を納得させた!
「結婚するなら地域に根差して暮らしていきたい」という想いがあったので、「地元へ戻ろうか」と妻に相談しました。自分にとっては「地元に戻る」ことと「家業を継ぐ」ことはイコールだったんで、結婚と同時に決意したという感じですね。
授業の経験も自信もあったけど、まずはここのやり方とかいろんな情報を勉強しながら一教師として働き始めました。2年目からは副教室長として保護者対応とか教材作成も始めて、そのうち「社長に」という話も出て、4年目に社員に公表して社長としてやっていくことになりました。
いや、自由にはやらせてもらってたんですけど、父とは子どもの頃からコミュニケーションが少なかったこともあるんですけど、日常的にあまり会話がなくて。社長を継ぐ話も進まないし、悶々としてたんです。ある時、思い切って自分から聞いてみようと、父を誘って馴染みのお寿司屋さんに行ったんです。思えば、膝突き合わせて話をしたのは、人生で初めてのことでした。
その時は「自分は限界だから早めに交代しよう」って言ってくれました。私もそのつもりでいたのに、その後も1年、2年とずるずるいったんですね。やっぱり人生賭けてやってきたことだから、簡単に手放すのは嫌なんだと思いますよ。だから、そこは尊重して、「これはやっていいよね?」って1個ずつ確認しながら引き継いでいる感じです。
そこで揉めてしまうケースもあるって聞くので、素晴らしいと思いますよ。
でもうちも新規事業を立ち上げる時は揉めましたよ(笑)。一回怒鳴り合ったことがあって。その時は独立したほうが早いと思ったし、「社長なんて名ばかりで話が違うし、自分の言うこと聞いてくれないんだったら妻と関西で勝手にやる!」って、脅しじゃないですけど言ったこともあって(笑)。まあ、何日か経って冷静になったんですけどね。
第三者の存在が大きいですね。私と父の2人で話してたら感情的になりがちなので、今の経営幹部に相談しました。その人と父はかなり信頼関係があって、その人の言うことは聞いてくれるんですよ。
もともと他の塾で役員していてうちに入ってくれた方が力になってくれました。自分が信頼している人のいうことだと、父も聞いてくれるというのを覚えました(笑)。
前からいらっしゃる古参社員さんとのアトツギとの間の軋轢はよく聞くんですけど、佐々木さんは味方につけたというのがすごいですね!どうやって社員さんからの信頼を獲得していったのか教えてほしいです。
まずは実力で自分がトップに立てるように意識しました。これが信頼を得る方法だと思ってたので。実際、授業の経験はあったから生徒のアンケートや人数でトップクラスになったんですけど、そこでふんぞり返ったりせず、謙虚に勉強させてもらうようにしました。
授業のことはもちろん、趣味や子どもの話なんかも聞いて、自分からお願いして飲みに行かせてもらったり。自分から後輩としてどんどんコミュニケーションとることを意識していくと、結果的に社員さんからも相談をしてくれるようになって、今まで社員と父の間で共有できていなかったことが自分を通して伝わり出したんですね。それで、私に言ったら解消されることもあるんだと理解してもらえて、信頼関係が生まれていきました。
新規事業に活かされたのは、教育とは違う業界での経験
今までは集団授業をメインにやっていて、個別指導の専用教室というのはなかったんです。個別は教室の空いているスペースでやってたんですけど、ついにパンパンになったんで、「Tokiwaみらい」っていう個別指導専門の新しい教室をつくりました。地域にまだ導入されていない映像授業とか幼児教室も入れて。この地域の学生が今まで触れてこなかった教育に触れられるスペースを目指しました。それが2020年3月ですね。
先代からの経営資源を活用したチャレンジというのは何かありますか?
今治南教室が老朽化してたので、そこの新設移転も同時にやりました。2020年は勝負の年で、コロナもありましたけど、振り返ってみるとこの2拠点があったことに救われていますね。個別指導の生徒は2倍に増えましたし、タイミング的にニーズをうまく汲み取れたと思います。
佐々木さんの着眼点が良かったんでしょうね。新規事業のためには人・モノ・金が必要だと思いますが、どれかで苦労というのはありましたか?
3つとも全部ですよ(笑)。「人」の苦労は、父を納得させること。あと、社員さんの中にも不安がっている人がいたので、納得してもらって巻き込んで動かしていくのが大変でした。「金」は、自分で経営計画書を作って銀行さんに融資してもらうのが初めての経験だったし、「モノ」は、教室をどんなレイアウトにするかとか、教室づくりの大変さを味わいました。私は初めてのことが多いから、基本的なことも全部壁になったんだと思いますね。
新しいチャレンジをする中で、これまでの自分の経験が役に立ってるなと思うことを、1つ挙げるとしたら?
「教育とは違う業界を見てきたこと」ですね。生徒の進路指導において、人材会社の経験が役立っていますね。
「営業ってこんな仕事」「世の中にはこういう業界もある」「この業界で働いている人はこんな感じ」「したいこと起業してやっている学生もいる」「入りたい企業に内定もらえる人物はこんな人」・・・学歴も大事だけど、それだけではない世界があることを実感しました。そういうこと生徒に話すことができています。
大学を広い範囲で見られるようになって、大学選びが変わることもあるし、将来のために行きたい大学に行って、やりたい仕事に結びつけるための勉強なんだっていうモチベーションにもつながっていると思います。
ここは田舎だから、自然と地元の大学に行き、自然と地元の会社に就職して・・・生きていくことはできるんですよ。でも、いろんなことに気づかずに大人になったと感じている人も多い。だから、もっと広い視野で勉強できたら、生徒の人生も拓けていくかなと思っていますね。
教育を通して地元を元気にできる企業を目指す
キャリア教育の新規事業はやりたいと思っています。ただ、それは1つ上の次元の話で、まずは基礎学力が必要なんですよね。そもそもの一般教養がないと議論しても薄くなるんです。
だから、まずは幼少期から「学ぶことが楽しい」を体感してもらって、勉強する素地をつくる。それから基礎学力をしっかりつけて、一般教養も身につけてもらって、こちらが言っていることが理解できるようになったタイミングでキャリア教育をやろうかと。幼児教室を作ったのはそういう意図もあって、今は準備段階。周りの人の意見も聞きながら、具現化していきたいですね。
売上、給料のアップと並行して、社員が家族とか自分の時間を大切にできるようにしたい。経済的にも時間的にも豊かになることを社内で実現できたら、その豊かさをこの地域に還元していきたいと思っています。
生徒は敏感で、先生が日々楽しくて幸せだと、生徒も自然と楽しくなって、塾が楽しいと新たな人も呼んでもらえるんですよね。だからまずは社員を幸せにしないと。
そうして、当社の教育理念を浸透させて、活力を持った人材を育成して、地域を元気にできる教育事業の会社でありたいと思っています。
戻ってきた当初より、地域への想いというのは強くなりました?
小中高と18年過ごしたし、地元愛は消えていませんでしたね。ただ、戻ってきた当初は、商店街の元気がなくなっていたり、子どもたちの学力が低下していたり、地域トップの高校でも定員割れしてたりして、悲しくなりました。
地元が好きだからこそ盛り上げていきたいのもあるんですけど、どちらかと言えば危機感のようなものかもしれません。この地域の将来、大丈夫なのかなって。だから自分で変えたかったし、生徒にも「真剣に頑張ったほうがいい」って心から言えてるんだと思います。
【愛媛県】
有限会社 佐々木進学教室 https://www.sasaki-sk.com/
代表取締役 佐々木 佑介 氏
■取材した人
ゴードン/編集長
"家業である和紙卸問屋で4代目候補として8年従事。
アトツギの苦悩を誰よりも理解していることから、孤軍奮闘するアトツギに感情移入しがち。関西大学「ガチンコアトツギゼミ」非常勤講師。"