20世紀の成功体験は古い。自ら創造を!/家業で培われた「責任感」は武器になる

【福岡】
ミナミホールディングス株式会社 
代表取締役社長 江上喜朗 氏

https://minami-hd.co.jp/

福岡の有名自動車学校の三代目アトツギ。20代は東京でスタートアップを経営し、30歳で事業承継。3年で社員100中50人退職するも、80名採用し売上げV字回復。現在は、教習所で用いるオリジナル教材「Don!Don!ドライブ」、採用媒体「教習所求人ナビ」など教習所向けのサービス提供、及び海外での自動車学校展開、AIの導入、更には6月にはCVCを設立するなど、急成長を続ける。

■話を聞いた人

【福岡】
嘉穂無線ホールディングス株式会社 
代表取締役社長 柳瀬隆志 氏

https://kahomusen-holdings.co.jp/

1976年福岡生まれ。 東京大学経済学部卒業後、2000年三井物産入社し、食料本部に所属。冷凍食品等の輸入業務に取り組んだ後、2008年嘉穂無線株式会社入社。 営業本部長・副社長を経て、2016年6月嘉穂無線ホールディングス株式会社、及び株式会社グッデイ社長就任。2017年4月からは、グループ会社の株式会社カホエンタープライズにて、クラウド活用やデータ分析を行う事業にも取り組んでいる。

2021年2月に開催される中小企業の承継予定者限定のピッチイベント「アトツギ甲子園」のプロモーションイベントとして2020年10月25日に開催された「アトツギこそイノベーターであれin福岡」。ゲストはミナミホールディングス株式会社の江上喜朗社長と、嘉穂無線ホールディングス株式会社の柳瀬隆志社長。モデレーターは福岡県庁の創業・ベンチャー支援担当の山岸勇太氏だ。

 

大企業、ベンチャー、そしてまさかの心筋梗塞

山岸氏
山岸氏
まずは、簡単な自己紹介をお2人に。最初は斬新なユニフォームで現れた、江上さんから(笑)。

僕のキャラクターは交通安全ヒーローの「かめライダー」といって、いつもこの緑のユニフォームで出社してるんで、今日もこのスタイルで話します(笑)。

 

うちは自動車教習所。それを軸に教習所向けのコンテンツや書籍を作ったり、カンボジアやウガンダ、ベトナムと海外に進出したり、自動車に関するAI事業をやったりと、いろんな事業をグループカンパニーで展開中です。

 

教習所向けコンテンツは、学科用で流す映像にエンタメを加えたモノ。「合格率が上がった」という実績も出ていて、導入しているところは増加中です。

 

僕自身は、大学卒業後、リクルートグループに入社しました。若くても、どんどんと大きな仕事を任される社風だったので、大変さもあったけど、充実してて。ところが28歳の時、自分が携わっていた事業が急に他社に譲渡され、宙ぶらりん状態になって、ベンチャーを立ち上げることに。

 

この会社が「利益ベースに乗っかったな」と思ったタイミングで、まさかの心筋梗塞になったんです。これが30歳になりたての頃。療養しながら家業を手伝ってるうちに、自然に後を継ぐ話になりました。

江上氏
江上氏

 

 

 

元々、デジタルの世界が好き

うちもホールディングス制です。ホームセンターの「グッデイ」やデータ活用サービス事業の会社などを統括運営してます。大学に入るまでは地味なキャラで、大学はボート部入って、責任あるポジションを任されてました。

 

だけど、大会で負けちゃって。結構メンタル的にキツかった。けど、「仲間たちと一緒にやること」「集団で目標を達成するために頑張ること」なんかの面白さは学びました。卒業後は、大手商社に入社。利益の出ない赤字の事業に配属になったんですが、大手ファストフードの300億円の新規案件を獲得しました。

 

大きな達成感を覚えたし、その事業も軌道に乗ったので「そろそろ家業に戻ろうか」と。家業に入った直後は組織の運営に苦しみましたが、今は得意な「データ活用」の仕事にも取り組んだりと、いい感じです。

 

電気屋の息子だったので、中学1年でパソコンを買ってもらって。その頃からデジタルは好き。パソコン専門誌にゲームのプログラムが掲載してたのを、必死で手打ちでプログラミングしてた記憶が(笑)。

 

社長には2016年に就任しました。基本方針は「時代の変化に対応し、新しいことに積極的にチャレンジする会社」。リアル店舗は人間的にやってますが、ITを活かしたデータドリブン経営です。

 

ビッグデータやIoT、AIを積極的に活用し、DXを積極的に推進。経験や勘に頼っていた部分をデジタル化しています。あとは、社内用のシステムを構築した後、汎用性をもたせたソフトウェアを開発。システムそのものを販売したりもしてます。

柳瀬氏
柳瀬氏

 

 

 

 

前職で学んだ「自責」と、「後がない」感覚

サラリーマン時代は、細かいことを教わるというより「とにかく、売上3億円出せ」みたいな育成方法だった。やり方をイチから教えてくれるなんてことはなくて、上司に聞いても「で、お前は何をしたいの」と言われ続けてた。

 

確かにきつかったけど、それ以上に学びになった。その経験は家業をついであとも、他人任せじゃなく「自責」を大事にするマインドとして残ってるし、良い作用をもたらしてるなあと。

 

あと、大企業からベンチャーを経験したから言えることは「ここで案件を獲得しないと倒産する」危機感を思い知ったこと。「後がない」ことを経験したのは、大きいです。

江上氏
江上氏

 

 

 

 

サラリーマン家庭で育つ人の思考回路を知る

 

江上さんと同じで「若いうちに大きなことに挑戦したい」とずっと考えていて、大手商社に入社を決めた。同時に、家業のことも頭にあったので「商売をすること」に興味があった。

 

だから、いろんな事業を見ながら「これからどうなるかな?」と、頭の中でシュミレーションしてることが多かったです。前職時代に、興味深いと感じたのは、新規プロジェクトに対する稟議の部署での経験。サラリーマンの家庭で育った人たちって「上がこうしてるから」「会社の方針だから」っていう思考プロセスで稟議書を書いてくるんですよ。

 

だけどでも、それってだいたい失敗してて。自営業の生い立ちの人が上げてくる稟議書って「自分ら責任」とか「覚悟」とかがあって、全然違うなあと。僕の思考回路は、自営業の人たちと一緒だった。

 

小さな会社だと「いつ潰れるか」って常に頭をよぎるじゃないですか?でも、大企業のサラリーマンは責任をとるって感覚が低いなあって。経営者の家で育ってきたから「責任をとる感覚」が当然だったけど、いろんな考え方があることを知りました。

柳瀬氏
柳瀬氏
山岸氏
山岸氏
大企業から、家業に戻ってからの最初のスタートはどんな感じでした?

もともと、家でも父親とあまり話したことがなかった。で、入社初日。めちゃめちゃおしゃべりするんですよ、父親が!「え、この人こんなに話す人なんだ!」と。入社初日に、それまでの人生で父親と会話した時間以上に、話をしました(笑)。

 

事業承継にあたって、父親が青写真を描いてくれてたので、それはほんとにありがたかったなあ。入社時は「社長室長」というポジションを新設してもらったんですが、仕事は雑務から。

 

そっから徐々に、ブランディングを考えたりグッデイのTVCMを作るための広告代理店探しなんかをスタート。グッデイは当時、職人向けの小売店になってしまっていて、ジリ貧状態。「新しいマーケットを開拓しなきゃ」って気持ちがあった。

 

実はグッデイは、創業時の理念は「家族向け」だったんですよ。一般家庭に浸透するために何をするかを考えた時、TVCMだなって考えて、行動に移しました。

柳瀬氏
柳瀬氏
山岸氏
山岸氏
江上さんは、心筋梗塞で倒れてから、家業を手伝ってるうちに入社したと。その頃って、どんな感じだったの?

 

 

 

 

かめライダー登場で、辞表続出。でも・・・

教習所業界自体が右肩下がりだったので「こりゃやばいな」と。で、父親に「オレが全部変えるから」と直談判。家業を手伝いだして半年くらいの頃かな。ほんと、危機感に対して気合だけで挑んだし「とりあえず目の前にあるボールを蹴る」というイメージ。

 

父親も「18歳くらいの、若い子たちが免許の取得を楽しめる教習所づくりなんて、もうわからん!」という状態だったので、まずは青写真を描くところからスタートして。

江上氏
江上氏

今でも覚えてるんですが、従業員向けの「経営計画発表会」を大手ホテルの一室でやったんすよ。その時、いきなりこのユニフォーム「かめライダー」で初登場&初披露。一気に会場がシーンとなって(笑)。

 

「一緒にやりましょう」という幹部社員や僕自身のモチベーションは高かったけど、従業員は「ヤバくない?この会社」ってなってた。今振り返ると、僕自身「どうかしてた?」と思いますもん(笑)。

 

そっから辞表が出る出る(笑)。100名の社員が50名になりました。

 

ある程度は織り込み済みだったんですけど、ボロカスに言われるわけですよ。一番傷ついたのが「あんたのやってることは、誰の役にも立ってない」って言葉。自分のメンタルが「あ、ここまでやられるんだ」って状態は、ちょっと想定の範囲外だったかな。

 

でも、採用活動で「教習所にエンタメを取り入れて、新しいことをしたいんだ」と熱く会社説明をしてると、就活生がキラキラした目をして聞いてくれるんすよ。「自分も挑戦したい」という若い子たちがどんどん集まってきてくれるようになったんです。

 

辞める社員の数より、新卒の数が増えていって、会社が新しいカルチャーに生まれ変わっていったんです。「ああ、社風って数なんだな」って。そこが明確なターニングポイントです。

江上氏
江上氏

 

 

 

 

新規事業のアイデアは現場から

山岸氏
山岸氏
お2人とも、新規事業の立ち上げに成功してますね?どのようにスタートしたのか教えて欲しい。

教習所業界全体の課題に対し、解決するようなビジネス領域は僕が発案してます。授業内容の改善などのアイデアは現場から。うちの会社って、社長が「かめライダー」だからか、社員も「ぶっとんでていいんだ」って発想があるみたい。

 

「アフリカで教習所事業をしたい」「YouTuberになりたい」みたいなアイデアが来ますよ。事業に採用するかどうかの判断は「言葉の熱さ」や「どれだけ自分の時間をBETしてるか」。ちなみに、僕自身のアイデアが、一番硬い(笑)。

江上氏
江上氏

システムの開発や販売を新規事業として手掛けていますが、いきなり売るんじゃなくて、「まずは自社でやってみてから汎用化し、販売する」っていうビジネスモデルを貫いてます。自社の課題に向き合い、データを見ながら分析するっていう作業は、経営における課題解決につながってます。

 

あと、うちはDXに力を注いでいますが、「イコール無人化すること」ってわけじゃなくて。接客のサービスを上げ、顧客満足度を上げていくことが利益に繋がるという考え方ですよ。ただ無人化するだけというのは、システム的にはうまくいったとしても商売で利益を出すことを考えた時、うまくいかないかなあと。

柳瀬氏
柳瀬氏

 

 

 

20世紀型の成功体験はもう古い。自分たちで創り上げる気概を

山岸氏
山岸氏
最後に、今まさに新しいことに挑戦しているアトツギの人たちへのエールを一言ください!

うちがやってることは「自動車教習所×何か」なんで、「×何か」のピースは教習所の中からは出てこない。外部の人と付き合うのは当然重要で。

 

事業ごとの課題はそれぞれ違うんだけど、アトツギの多くは先代や幹部社員との関係性に腐心してる。僕はそんなの全部無視して「時代の流れに沿って、自分はこうしたい」と思うことをやればいい。

 

20世紀型の成功体験は、もう前時代的で間違ってるから「21世紀型は自分たちで創り上げていく」。そこに振り切る覚悟や気概があるかどうか。親に感謝することは大事だけど、戦略については自分自身が考えて進めていかなければならないと思う。

江上氏
江上氏

 

 

結局「好き」が大事。そして社会から喜ばれる仕事へ

外の人と関わらないと、自分を相対化して見れないし、客観視出来ない。参考になることも多いし、刺激を受けますよ。30代の頃って経験不足や、ノウハウ不足で悩むけど、悩みはイコール課題なんです。

 

紆余曲折をしながら問題を解決して、答えが見つかるとノウハウになる。ただ頑張る上で「好き」は重要。僕の場合はデータ分析が好きだから、とことんやってる。

 

好きなことを事業にして、それが社会の役に立って、世間からもエネルギーをもらえるようになる。周りから喜んでもらえることって、仕事をする上でモチベーションアップに直結しますから。

柳瀬氏
柳瀬氏
山岸氏
山岸氏
アトツギの皆さんに役立つ、お二人の金言が出てきました!本日は、ありがとうございました。

 

 

 


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■取材した人

福岡県商工部 新事業支援課 創業支援係 主任主事 山岸勇太 氏

1982年石川県小松市生まれ。法政大学工学部を卒業後、NTT西日本に入社。自治体向けSE、家庭向け電化製品の開発及びサービス企画・開発に従事。2013年福岡県庁入庁。現在は、創業・ベンチャー支援担当として、中小・ベンチャー企業の支援に従事。子ども3人(長女(小4)、長男二男(小1双子))のパパ。

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