2021.03.22

【Keynote Session】若いアトツギに期待するイノベーションとは

2021年2月19日、全国各地の中小零細企業の承継予定者(アトツギ)が新規事業アイデアを競う、中小企業庁主催のピッチイベント「アトツギ甲子園」が開催された。審査員5名によるKeynote Sessionのテーマは「若い世代のアトツギだからこそ起こせるイノベーションとは」と「これからの時代を生き抜く全国各地のアトツギに期待すること」。さまざまな立場のキーパーソンが、挑戦するアトツギが実現する未来の姿について語った。

【Speaker】

図2

株式会社スノーピーク
代表取締役会長 山井 太 氏

明治大学卒業後、外資系商社勤務を経て父が創業した現在のスノーピークに入社。アウトドア用品の開発に着手し、オートキャンプのブランドを築く。徹底的にユーザーの立場に立った革新的なプロダクツやサービスを提供し続けている。14年12月東証マザーズに上場、15年12月東証一部に市場変更。

図3

OWNDAYS株式会社
代表取締役  田中 修治 氏

巨額の債務超過に陥り破綻していたメガネの製造販売を手がける小売チェーンの株式会社オンデーズに対して個人で52%の第三者割当増資引き受け、同社の筆頭株主となり、同時に代表取締役社長に就任。「OWNDAYS」は12か国350店舗以上を展開。著者『破天荒フェニックス』は、ベストセラーになりドラマ化された。

図4

レオス・キャピタルワークス株式会社
代表取締役会長兼社長・最高投資責任者(CIO)藤野 英人 氏

1966年富山県生まれ。国内・外資大手投資運用会社でファンドマネージャーを歴任後、2003年レオス・キャピタルワークス創業。主に日本の成長企業に投資する株式投資信託「ひふみ投信」シリーズを運用。JPXアカデミーフェロー。近著に、『投資家みたいに生きろ』、『ゲコノミクス 巨大市場を開拓せよ!』。

図5

内閣府
科学技術・イノベーション担当 企画官 石井 芳明 氏

経済産業省において、中小企業政策、ベンチャー政策、組織法制等に従事。2018年より内閣府に出向し、スタートアップ・エコシステム形成、オープンイノベーションの促進、日本版SBIRの各省庁と連携しての推進などを担当。早稲田大学大学院商学研究会卒 博士(商学)。

図6

Tokyo Zebras Unite
共同創設者 田淵 良敬 氏

日商岩井株式会社に勤めた後、LGT Venture Philanthropy(リヒテンシュタイン公爵家が設立したインパクト投資機関)、ソーシャル・インベストメント・パートナーズ、社会変革推進財団にて国内・海外にて投資・経営支援を行う。Cartier Women Initiativeの東アジア地区審査員長、MIT Inclusive Innovation Challengeの審査員を務める

【モデレーター】

図7

一般社団法人ベンチャー型事業承継  代表理事
山野 千枝

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熱量を持ち、一歩踏み出そうとしているアトツギには期待しかない

山野:これまで「ベンチャーピッチ」といえばスタートアップが登壇するものという印象があって、アトツギに特化したベンチャーピッチがこの規模で開催されるのは初めてです。まずは審査員の皆さま、自己紹介と今日のプレゼンを聞いた感想からお願いします。

図8

田中:OWNDAYSの田中です。実は私も父親が事業をしている商売人の家で生まれました。「より大きな会社を作ろう」と思い、継がずに外に出ましたが、サラリーマンよりも経営者になることの方が自然なように思えたのは、家業がある家に生まれたからこそです。自分は外に出てしまいましたが、新規事業で家業を発展させようとしている皆さんの姿を拝見して「うらやましいな」と思いました。

図9

藤野:レオス・キャピタルワークスの藤野と申します。日本の成長企業に投資する株式投資信託「ひふみ投信」シリーズの運用や、スタートアップ企業3社の経営に携わっており、さらにエンジェル投資家でもあるので、あらゆる形でベンチャー企業に携わっています。

今日のプレゼンを聞いて、とても気持ちが熱くなりました。実現可能性の高さや勝負する市場の大きさなど事業自体の魅力はもちろんのこと、熱い思いを持って取り組んでいる若者に対しては全面的に共感するので、全員に大成功してもらいたいと心の底から思っています。

図10

山井:スノーピークの山井と申します。私自身二代目として会社を大きくしてきましたが、スタートアップの起業家としてゼロから事業をつくれたかというと自信はありません。銀行からの融資も、ベンチャーキャピタルからの資金調達も受けられなかったと思います。

アトツギとして家業に入り挑戦したからこそ、今の事業成長が成し遂げられたのかなと。こうした理由から、アトツギが新規事業に取り組むことは非常にイノベーティブだし、アトツギがどれだけイノベーションを起こせるかに今後の日本経済や社会の活性化が懸かっているのかなと感じています。

図11

石井:内閣府の石井です。普段はイノベーション担当としてスタートアップの支援やオープンイノベーションの推進に携わっています。実は僕も中小企業の五代目として生まれ、アトツギになる予定でした。高校生の頃に商店街がシャッター街となりアトツギになることは叶わなかったのですが、だからこそ今日は応援団の一人として参加しています。

普段よく参加しているスタートアップのピッチコンテストでは「まだ存在していなくて、これからつくるもの」についてのプレゼンを聞く機会が多いのですが、今日のプレゼンはすでにある事業を元に一歩踏み出すアイデアが詰まったものだったので、とても現実味を感じました。

図18

田渕:Tokyo Zebras Uniteの田渕です。私はインパクト投資に携わって企業の経営を支援してきました。その中で感じていたのは、短期間で急成長して上場するわけではなくとも、素晴らしい企業が世の中にたくさんあるということです。そういった企業や起業家の方を支援できればと、Tokyo Zebras Uniteを創設しました。

今日のプレゼンを聞いて、日本全国に素晴らしいアトツギの方がたくさんいるのだと知りました。たとえば市場が限られていたり、地域とのつながりを大事にするがゆえに成長スピードがゆっくりになってしまったりする事業もあるかもしれません。ただ、既存の資源を生かして自分たちに適したスピードで成長できる土壌があることは大きな武器にもなるだろうと思いました。

アトツギならではのアドバンテージを生かし、イノベーションを生み出してほしい

山野:「アトツギ甲子園」には100名以上の応募がありましたが、一方で日本にはまだまだ多くのアトツギがいます。ぜひ、皆さんが考える「若い世代のアトツギだからこそ起こせるイノベーション」や「短期間の成長やイグジットを目指すスタートアップとは異なる、アトツギとしての成長戦略」に対するご意見を伺いたいです。

図13

山井:アトツギが新規事業を行うこと自体がイノベーションになると感じています。僕は売上5億、社員15人ほどの家業に入って社内起業でキャンプの事業を立ち上げました。5年後にはその事業が売上20億円を挙げるようになり、本業となったんです。

山野:新規事業は既存社員の方と一緒に取り組んだんですか?

山井:いえ、ほぼほぼ一人で立ち上げました。「息子が帰ってきて、何か新しいことを始めてるけどどうせダメだろう」と思われていたと思います。でも、売上20億を超えるようになったので、僕が社長に就任したときにはもう誰も文句を言いませんでした。

図14

山井:従来、アトツギは「はみ出したことをせず、事業を守っていきなさい」と言われてきたかもしれませんが、僕はいつも後輩に「自分がリタイアするまでに、今の売上の二桁アップを目指すくらいの気持ちでやりなさい」と言っています。そのためには、新たな事業の立ち上げやパラダイムシフトが必要だと思います。

田中:僕も30歳のときに今の会社の経営者になりました。家族も居なかったので腹をくくりやすかったという面では、年齢のアドバンテージがあったのかなと思います。

成功しているアトツギに共通するのは、譲れない自分なりの信念を持っていることかなと思います。周りの意見に迎合しすぎてはダメで、時には強引に押し切る突破力が必要だし、突破力をフルに使えるのは20代や30代のうちかなと思います。

図15

田中:そして、イノベーションはまったく関係無い事業をつくることではないし、そんなに難しいことでもないと思っていて。たとえば、父親の代ではお店でおせんべいを売っていた企業が、ECでおせんべいを売るようになればそれはイノベーションなんですよね。

せっかくいいものがあるのだから、宣伝の方法や売り方を変えるだけで事業が10倍や20倍に成長できる可能性もあるわけです。僕も今の会社の経営者になって、良い商品を作るための製造工程の見直しや接客の質を高めるための人事制度改革は行いましたが、「安くていい眼鏡を売る」という本質は変えていません。

藤野:若い世代のアトツギのアドバンテージという意味では、若いほど10年後や20年後の未来を予測して、「このような市場やニーズが生まれるだろう」と張って勝負しやすいと思います。

ソフトバンクやユニクロなど大企業に成長したベンチャー企業を見てみると、多くの会社の経営者が二代目や三代目のアトツギなんです。つまり、日本の中小企業の自営業者が、ベンチャー企業のインキュベーターになっていると言えます。スタートアップなどの起業家にもご両親が自営業者という方が多いので、この土壌を豊かにすることが大事なのではと思っています。

図16

藤野:また、企業に投資をしていると、エリート会社員が社長を継ぐよりも、ボンボン呼ばわりされていたアトツギが継ぐ方が長いスパンで見ると成功しているケースが多いと気付きました。

なぜなら、前者は手元の資源をどのように最適化して短期間で結果を出すのという「選択と集中」に長けている一方で、挑戦や投資に消極的になりがちなんです。一方でアトツギは、四半期の決算よりも「10年後や20年後も生き残るためにどうすればいいか」という長期的目線を自然と持ち合わせているので、将来を見据えた意思決定ができるようです。

山野:アトツギは、自身の会社を自分の所有物ではなく長い歴史の中での“預かりもの”のような感覚で捉えている方が多いので、そういった目線を持てるのかもしれませんね。

石井:若い世代のアトツギはデジタルネイティブなので、イノベーションの第一歩としてデジタライゼーションに取り組みやすいのかなと思っています。デジタライゼーションと言っても、単にシステム導入したり何でも自動化したりすることではなくて、ビジネスの本質を理解した上で必要なデジタル化を施していくことです。また、グローバル化が当たり前の中で育ってきた世代なので、グローバル展開に挑戦するハードルもそれほど高く感じないのかなと思っています。

田渕:日本には多くの中小企業があって、その数だけ長期的な目線を持ち合わせているアトツギがいると考えると、ものすごくポテンシャルを感じますよね。最近では海外からも「SHINISE」、つまり複数代に渡って受け継がれてきた日本企業が注目されているんですよ。

図17

スケールはどう考えるべき?資金調達はどうすべき?

山野:スタートアップがピッチイベントに登壇する場合、多くは資金調達を目的としたものです。一方で、今日の登壇者は資金調達よりも認知獲得の目的の方が強く、発表された事業アイデアを見ても「どんどんスケールを大きくしていきたい」というより、むしろ「しっかりと地元で存続していきたい」という気持ちが反映されたビジネスモデルが多かったと思います。「アトツギの成功とは。スケールなのか存続なのか」という議論も世の中にありますが、どう思われますか。

田渕:スケールと存続、どちらも追う必要はあるのかなと。ただ、スケールといってもどんどん大きくすればいいというわけではなくて、その企業にとって、あるいはその企業がある地域にとって一番最適な規模があるのかなと感じています。

図12

石井:アトツギはベンチャーキャピタルから資金調達を受けるのではなく、長期的に支援を受けられる融資や出資を頼った方が相性が良いと感じます。手段の一つは銀行の融資や日本政策金融公庫の資本制ローンですが、たとえば地域の先輩企業が出資し合って長い時間を掛けて成長を見守ってくれるようなお金の流れが生まれると、すごくいいなと思います。

図19

藤野:上場を実現した経営感覚のある経営者が地域の若いアトツギに対して指導し、投資をするという石井さんのアイデアはいいなと思います。実際、山井さんは新潟でそういった役割をされていますし、その活動もあって新潟では上場企業が次々と現れるなど好循環が生まれています。

ただ、未上場の企業はキャッシュをあまり持ってないため、資金面での支援がどうしても難しくなるので、その構想の実現のためにはまず地方から上場企業をたくさん輩出するシステムをつくる必要があるのではないかと感じます。

図20

“応援団”として、これからの時代を生き抜くアトツギに送りたいエール

山野:先が読めない不確実な時代の中でも、今日の15人のアトツギを筆頭に、地域の期待と未来を背負っているアトツギが全国に多くいます。彼らに向けてエールの言葉をいただけますか。

田中:アトツギの中には、多くの資源を受け継ぐことのできる人もいれば、負の遺産を受け継がなければならない人もいるでしょう。ただ、後を継ぐと決めたからには全責任を自分で取るんだと腹を括ることが必要です。

図21

田中:順調なときは「周りのおかげ」「運が良かった」と思い、うまくいかないときは周りのせいにせず「自分の努力が足りない」「準備が不十分だった」と反省する謙虚な思考を持ち続けていれば、きっとうまくいくと思います。

藤野:田中さんがお話しされたように、アトツギとして引き継ぐものの中には負のアセットもあることでしょう。その中でも、無いものやネガティブな側面に目を留めるのではなく、今自分の手元にあるものに感謝して、あるものを総動員して経営をすることが大事だと思います。

図22

藤野:一方で、お客様の需要や世の中の流れから「何が求められているのか」を汲み取り、新しい製品やサービスを生み出していくことも必要です。この両方の視点を持ち合わせておくことが大切ではないでしょうか。

山井:僕は父がロッククライミング好きという創業ストーリーが、あらゆる支援を受ける上での追い風になりました。こうした創業ストーリーを持っているのはアトツギならではの強みです。

創業者や先代など会社の礎を作った方が、どんな気持ちで創業し、どんな気持ちで事業を続けてきたのかを改めて知ることで、自社の存在理由や地域において提供している価値を見つめ直してみてもいいかもしれません。

図23

石井:アトツギの方には、視野を広く持ってスタートアップの創業者を含めたいろんな方と話をしてみてほしいです。とはいえ、アトツギ独自の悩みもあると思うので、そういった悩みはアトツギ同士で相談し合えるコミュニティをつくっておくといいと思います。

田渕:今年は新しい会社を作る予定でして、そこでは藤野さんがお話しされていたような長期的な目線を持った投資を行っていこうと考えています。私の周りにも同じ考えを持つ方が増えてきているので、ぜひ「支援者はいる」と心強く思っていただきたいです。また、長い歴史を持つ企業ほど多くのステークホルダーの支えによって今があると思うので、会社が背負ってきたものやステークホルダーとの関係性を大事にした上で、事業成長を目指していただきたいです。

山野:ありがとうございました。社内で孤軍奮闘しているアトツギも多いことと思いますが、皆さんのアドバイスや温かい言葉を聞いて今日を機にさらなる一歩を踏み出していけるのではないかと思います。今日はありがとうございました。

図24

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