地場産業「手袋」をブランディング。 家業のそばで起業する、新しいアトツギのカタチ。

株式会社tet.
ブランドマネージャー 松下 文さん

香川県といえば、多くの人が連想するのが「うどん」だが、同県東かがわ市は、国内生産90%を誇る「手袋」の産地でもある。

「東かがわ市の地場産業である“手袋”をブランディングして発信したい」

「この産業に関わりたいと思う人が増えて、地元の人が誇らしく思えるようにしたい」

そんな想いを抱いて、2016年に手袋のブランド「tet.(テト)」を立ち上げたのが松下文さんだ。

松下さんの実家は、東かがわ市で文房具店を創業し、現在は二代目の父親がオフィス機器などにも商材を広げて株式会社マツシタを経営している。松下さんは家業の“無形の経営資源”を活かしながら自身の事業をスタートさせたが、逆にtet.の事業によって家業のプラスになることもあるという。

先代である父親と娘の関係、アトツギ娘のダンナさまの見つけ方など、女性アトツギならではの話も面白い。家業のそばで、互いに協力しながら、自身は新しい事業を興すという、新しいアトツギのカタチだ。

 

出典:令和2年度中小企業庁/プッシュ型事業承継支援高度化事業/「ロールモデルのクローズアップ」事業「継ギPedia」(http://tsugipedia.com/)

 

 

 

ご縁により地場産業「手袋」を発信する事業をスタート

マッキー
マッキー
松下さんって、tet.を立ち上げる前は何をされてたんですか?

大手家電メーカーで働いていました。最初の3年は大阪で家電量販店へのルート営業。その後、東京に移って商品企画を3年やっていました。
松下氏
松下氏
マッキー
マッキー
家電メーカーを辞めて、地元へ戻ってtet.を立ち上げたきっかけというのは?
地元の東かがわ市って、地場産業が手袋で、日本一なんですよ。でも、「香川出身です」って言ったら「うどんが美味しいよね」って話にはなるけど、誰も手袋のことは知らないんだなぁと思ってたんです。

 

で、地元に戻ろうかなとぼんやり考えていた時に、「東かがわ市の手袋産業をブランディングして発信したいと思っている人が愛媛にいるらしい」っていう噂が人づてに入ってきて。県外の人がやってもいいけど、やっぱり地場産業って歴史があるものだから、そこに思い入れとか熱意とかがある人を中心に据えたいということだったんですね。それで、その人が香川にゆかりのある人を探していて、ご縁があって私がやることになった、というのがきっかけです。

松下氏
松下氏

マッキー
マッキー
その「噂」っていうのはどこから?
 

実は、姉からなんです。ちょうどその頃姉が高松で働いていて、姉も地元が大好きだから「こんな話あるけど興味ない?」って教えてくれて、二人で聞きに行きました。
松下氏
松下氏

マッキー
マッキー
それでtet.を立ち上げられたんですか。今はtet.の事業もやりつつ、家業も手伝っているんですか?
 

今はまだ、ほとんどしてないです。オフィスはシェアさせてもらってますけど。
松下氏
松下氏

マッキー
マッキー
同じオフィスの中で、違うことやってたら、お父さんの会社の社員の方とか何か言ってきません?「あの人何やってるの?」みたいな。
 

全然ないですね(笑)。父はお客さんが来たら、「ここは別の会社でこういう仕事をしてる」って紹介してくれますし、私の方からもご挨拶するっていう感じで。
松下氏
松下氏

マッキー
マッキー
社員の方もそのへんは理解されてるんですね。お父さんは創業者ですか?
 

二代目です。祖母が創業しました。
松下氏
松下氏

マッキー
マッキー
お父さんは「tet.頑張れ」みたいな感じなんですか。「家業はどうする」みたいな話は?
 

今のところはまだ出てないですね。姉も今まだ別の仕事をしていますが、家業を継ぐために香川に帰ってきているので、連携していければと思っています。
松下氏
松下氏

 

 

 

家業の“無形の経営資源”は新規事業にも活かされた

マッキー
マッキー
お父さんの会社「マツシタ」も地元で文房具とかオフィス機器を販売されてるなら、取引先の人は手袋関係の方って多いですよね?
 

そうですね。皆さん、マツシタのことは知ってくださっています。
松下氏
松下氏

マッキー
マッキー
じゃあ、tet.をやるうえで、マツシタの娘というのはメリットですか? 
 

メリットだと思います。それこそ最初に話を聞きに行ったり相談しに行ったりした時の自己紹介も「マツシタです」って言うと、素性が知れない子が来ているわけじゃないということで、最初からお話を聞いてくださいましたし。スタートがスムーズにいったのは、両親と社員さんが築いてきた信頼があったからだと思うので、ありがたいですね。
松下氏
松下氏

マッキー
マッキー
それってまさに“無形の経営資源”ですよね。 
 

はい。手袋関係の会社の方は、マツシタにとっては物を買ってくださるお客様。tet.はそこから物を買う会社なので、家業とは売り買いが逆なんです。

「こういう動きが今後あるらしい」みたいな情報もお互いシェアできているし、うちが出入りしている手袋屋さんにマツシタのことを話して、「なんかあったら言ってくださいね」って言ってたら、「パソコン新しくしたいんだけど」って言われて営業につないだこともありますね。

松下氏
松下氏

マッキー
マッキー
面白い~!それって、お互いの事業で、お客さんとの接点が倍になるってことですよね。お父さんに経営に関することは相談してるんですか? 
 

相談はしてないですけど、一方的に教えてくれます。一方的にって言ったら怒られるかな(笑)。スキル的なことではなくて経営のマインドの話とかを日々してくれますね。
松下氏
松下氏

マッキー
マッキー
めっちゃ理想的な関係ですね。tet.を立ち上げる時に壁にぶち当たったことは? 
 

私はいろんなご縁に恵まれてきて、その都度いろんな方がサポートをしてくれて、手袋屋さんたちも皆さんすごく応援してくださっているので、「これが壁だった」というのは思いつかないですね。
松下氏
松下氏

マッキー
マッキー
お父さんとは息子より娘の関係のほうがうまくいくのかな。男同士ってライバルになっていくので……。松下さんのお父さんってtet.のことはどう考えてるんですか? 
 

何でもやってみろって感じですね。話をするのが好きな人で、いろんなところで娘が始めたビジネスのことは言ってくれているし、応援してくれている感じです。
松下氏
松下氏

マッキー
マッキー
ダンナさんはどうですか?男兄弟がいないアトツギムスメの皆さんって、自分が継ぐのか旦那が継ぐのかみたいなのが難しいって聞くんですけど。tet.はご主人が代表を務めてらっしゃいますよね。地元の方ですか? 
 

大阪の人です。
松下氏
松下氏

マッキー
マッキー
大阪から連れてきちゃったわけですね(笑)。 
 

そうですね(笑)。大学から長くお付き合いをしていた方なんですけど、ゆくゆくは商売をしたいとか、そういうことを長い時間をかけて伝えてきて……。
松下氏
松下氏

マッキー
マッキー
洗脳してた(笑)? 
 

言葉悪いけど、そう捉える人もいるかも(笑)。大きな企業で大きな仕事に携わっていくことの醍醐味はもちろんあるけど、地方でも小さな会社でも自分でやるって面白い生き方なんじゃないかなという話をずっとしてきて。あとは、自分が親になるって考えた時に自分が育ったところでのびのびと子どもを育ててみたいということも話してたんです。

 

それでtet.を始める時に「一緒にやらないかな?」という話をしてみたら、夫も共感してくれて・・・「想像もできなかった選択をしてみるっていう人生も面白い」と感じるようになったそうです。

松下氏
松下氏

マッキー
マッキー
最高ですね、ダンナさん!何をされてた方なんですか? 
 

化学メーカーで技術営業してました。
松下氏
松下氏

マッキー
マッキー
お~!これは愛がないとできない決断ですよね。 
 

そうですよね。感謝しないといけないですね♪
松下氏
松下氏

 

 

 

職人さんは敬意を、地元には感謝を

マッキー
マッキー
いろんなモノづくりの会社の若い世代のアトツギから、年配の職人さんとの関係が難しいって聞くんですけど、どうでした? 松下さんの場合、社内ではなく取引先の職人さんになりますけど。 
 

う~ん……、特に難しいというのもなく、職人さんに「これ、なんでこうなってるんですか?」とか、気になることをたくさん聞いたんですけど、一生懸命説明してくださいますよ。「こんな大変な作業をずっとやってこられていたんだなぁ」と思いながら聞くと、たくさん教えてくれます。
松下氏
松下氏

マッキー
マッキー
確かに、お話を聞いていても松下さんが職人さんに敬意を払われてるのがわかります。 
 

人さんがいないと私はこの仕事もできていないので、敬意を忘れないということは大切にしています。地場産業としてもともとあった素晴らしい資源を再編集させていただいているという感じなので。本当に素敵だと思うから「伝えたい」んですよね。
松下氏
松下氏

マッキー
マッキー
いいですね、それ。たまたま商売の家に生まれた松下さんならではの感覚みたいなのってあります?サラリーマン家庭に生まれてたらなかったかもしれない、みたいなの。
 

両親ともに会社にいたので、学校から帰ったら友達の家にずっといさせてもらったりして。近所の人に育ててもらったというのはありますね。父からも「まわりの方々がいてくださったから、うちの会社は続いてきた」と言われてきたので、地域に対する感謝とか、恩返しをしたいという感覚はあります。
松下氏
松下氏

マッキー
マッキー
そういえば、姫路のアトツギとのコラボで「もちはだ手袋」って作られてますよね。
 

「もちはだ手袋」は、「もちはだ」ブランドの鷲尾さんとイベントで出会って、「もちはだで手袋作りませんか」って私から持ち掛けて実現したんです。
松下氏
松下氏

マッキー
マッキー
ものづくりに関わる人や企業に尊敬の念を抱いて接する松下さんだからこそ、いろんな人のご縁があって協力してもらえるのかもしれないですね。
 

 

 

 

地元に「あるもの」に目を向けると意識が変わる

マッキー
マッキー
tet.をこれからどうしていきたいというのはありますか?
 

東かがわ市の手袋は多様性に富んでいて、ファッションだけじゃなく、スポーツ用、作業用、舞台衣装のオーダーメイドもあるし、消防士、自衛隊とか特殊な用途に特化したものもあるんです。そういう奥行きのある産地の様を伝えていくことで、この産業に関わりたいなと思う人が増えたり、地元の人が誇らしく思えたりする。そんなきっかけをつくっていきたいと思います。
松下氏
松下氏

マッキー
マッキー
コラボも増やしていきたい?
 

「いろんな可能性を秘めている産地」という表現をしたいと思っているので、その手段としてコラボもできればいいなと思っています。いろんな分野の方から「手袋と言えば香川だよね」って言っていただけるようになればいいですね。
松下氏
松下氏

マッキー
マッキー
将来的に家業とリンクさせるということは?
 

マツシタは「地域の文化の向上に寄与する会社でありたい」というのを掲げていて、「文化」っていうキーワードがtet.と共通してるなと気づいて。この仕事を通して学んだいろんなことを活かしながら地域の文化のために何かできるような新規事業をゆくゆくは立ち上げられたらいいなと思っています。
松下氏
松下氏

マッキー
マッキー
松下さんのお話を聞いて、いろんな継ぎ方があるんだなと、改めて思いました。
 

自分が家業に入り込んでやっていたらフラストレーションがあったかもしれないですけど、違う事業を立ち上げて、遠すぎない距離で日々いろいろ聞いてたりすると、なんとなく客観的に家業の構造とかやってる仕事の形が見えてくることもあるんで、私もよかったかなと思っています。
松下氏
松下氏

マッキー
マッキー
あと、都会にいながら、地元への想いをつなぎ続けられた理由って何ですか?そうじゃない人も多いと思うので……。
 

そこまでずっと帰りたいと思ってたわけじゃなくて、都会の魅力にはハマっていたと思いますよ。それなりにいろいろ楽しんだから、時が経って、「地元いいな」ってじわじわと思い出したって感じですね。

 

「地元には何もないよね」というよりは「あるもの」を見つけ始めると、「え、この状況でこんなのがあるってすごい!」って、いいところに目が向く気がします。

松下氏
松下氏

マッキー
マッキー
なるほど。「あるもの」を見つけるって大事かもしれないですね。最後に、松下さんは家業を継がれているわけではないですが、“今後継ぐかもしれないアトツギ”としての想いをお願いできますか。
 

そのままストレートに親の会社に入社するのではない新しい形として、いろんな形のアトツギがあることが伝わればいいなと思います。父からは、「後を継ぐということは形ではなくてスピリットが続いていくことだ」と言われているので、もちろん会社も残していくつもりですが、新しい形になっても、根幹にある部分を大切にしていけたら、と思っています。
松下氏
松下氏

マッキー
マッキー
ありがとうございました。
 

 


【香川】

株式会社tet.       https://te-t.jp/

ブランドマネージャー 松下 文 氏

代表取締役 宮本 健哉 氏

 

株式会社マツシタ

https://matsushita-bungu.co.jp/


 

■取材した人

マッキー

大学卒業後、某ベンチャー企業にエンジニアとして就職。実家は福岡の物流企業。家業に戻るまでに、アトツギベンチャー経営者の体験をシャワーのように浴びようと、副業で「アトツギU34」に参画。全国各地のイベント運営やアトツギベンチャー経営者の取材などに携わる。

SNSで記事をシェア