名古屋アトツギベンチャーのリアル/覚悟を決める、前を向く

 

2023年1月28日、なごのキャンパスに集まったのは、中小企業の後継者、金融機関、支援機関の担当者など43人。名古屋市が2019年から実施している、中小企業の後継者の新規事業開発支援『Nagoya Atotsugi Venture Project』を総括する形で「アトツギベンチャーカンファレンス」が開催されました。キックオフとして、運営事務局の一般社団法人ベンチャー型事業承継の浅野哲也さんが登場。このプロジェクトのコンセプトともいえる「ベンチャー型事業承継」について説明しました。

 

 

アトツギ(中小企業の後継者)は、既存の経営資源を活用できるとはいえ、ゼロイチのスタートアップとは違う苦労があります。未来の社長とはいえ、後継者のステージでは人事や予算を動かす意思決定権もなく孤軍奮闘しているケースがほとんどだといいます。浅野氏は、アトツギならではの課題を挙げ、企業を取り巻く金融機関、支援機関が、彼らの挑戦を応援する環境づくりの必要性について語りました。

 

 

次に、名古屋市経済局産業労働部中小企業振興課長より、これまで3年間の支援政策について報告しました。名古屋市は、若手後継者を対象に、研修やピッチイベントなど新規事業や業態転換への挑戦を始める機会を提供してきました。名古屋市では、今後も意欲ある後継者の支援を行っていきたいそうです。

続いて、Nagoya atotsugi venture project に参加したアトツギ2名が登場。株式会社愛起 多久田 篤希 さんと日清鋼業株式会社濱田 真帆 さんです。

Nagoya atotsugi venture project は、新規事業の開発を目的としたワークショップと、新規事業アイデアを競うピッチイベントを毎年行ってきました。多久田さんは2021年の優勝者、濱田さんは2022年の優勝者です。
今まさに新規事業の事業化に奮闘中の二人に、アトツギとして経験した課題をどう乗り越えていっているかを語ってもらいました。モデレータは、このプロジェクトのメンターとして多くのアトツギの相談に乗ってくれているアニキ、三星グループの岩田 真吾 さんです。

 

 

岩田:まずはお二人に、自己紹介してもらいましょう。

多久田:家業は、お菓子のパッケージの販売業です。ケーキの箱とかトレイとかクッキーの袋とかですね。今年で創業74年なんですが、元々はお寿司の折り箱屋さんでした。50年前に洋菓子文化がどんどん広がっていった時に祖父が業態転換を決めたんですね。その当時は家族だけで営んでいたんですが、全員から大反対を受けたそうです。でも今となってみれば、その判断がなければ会社は存続していなかったと思います。今は、第三の創業として、私が改善、改革を進めていっています。

会社のミッションは「個性豊かな街づくり」。一見するとお菓子のパッケージ販売とはかけ離れているように思われるかもしれませんが、ケーキ屋さんとかパン屋さんって街の顔なんですよね。
「街が便利になると個性がなくなっていく」という祖父の言葉が、僕の心にずっと残っていて、コンビニとかができて便利になったと思うんですけど、お店それぞれの個性を出していくお手伝いをするのが我々の使命だと思っています。

 

 

岩田:ミッション、ビジョン、バリュー(MVV)って、誰が作ったの?アトツギあるあるだけど、「ミッション、ビジョン、バリューで飯が食えるか!」って先代に言われがちだよね(笑)

多久田:僕たちの世代で作りました。正直、先代から認められてるか微妙ですけど(笑)。
今までは、東海3県が中心でしたが、これからは全国に向けて事業を展開していこうとしてます。2年前のピッチイベントでは、包装材の通販事業「Packsmart」について発表しました。すでにサイトはローンチしていて、年間で1000万円の売上が出ています。都心部より地方のお店からの発注がかなり多いことに気づきました。

岩田:業者さんが足を運びづらいとこに商機があったんだ。やってみたからわかったんだね。

多久田:もう一つ、新しい事業に取り組んでます。こちらは、2022年に行われた中小企業庁主催のピッチイベント「アトツギ甲子園」でファイナリストに選んでいただいたんですが、その時に発表した「ケーキの自販機事業」です。こちらもすでに10台ほど動いてます。最近、餃子など食品の自販機って増えてるんですが、パッケージが自販機内で引っかかるトラブルってけっこう多いんですね。それもあって、今、冷凍自販機メーカーさんと共同で専用の包装資材を開発中です。

岩田:いいね。それってうまくいけば、お菓子以外の分野にも展開できるっていうこと?

多久田:そうです、そうです。例えば、お肉とか。これまでプラスチックを使ったものしかなかったみたいなんですが、紙を使ってできないか、サイズや素材とかいろいろ検証中です。あと1,2ヶ月くらいで完成するんですが、既存事業とのシナジーも期待できる事業となってます。

 

 

岩田:いいですねー。では濱田さん、お願いします。

濱田:うちは縞板の専業問屋から始まった会社で、縞板については中部地区のシェアはNo.1を誇ってます。私は、鉄工所の娘として生まれました。夫が継いでいるので、正式にはアトツギの妻です。
今は、新規事業部NGL(NISSIN GROUP LABO)の企画運営に奔走しています。

創業者だった父が業界新聞から取材を受けた時に話した「本業の強みを活かして、中身を変化させていく。それには、発想の転換が必要だ」という言葉が私の宝物です。

コロナが本業に大打撃を与えたことがきっかけで「何かやらなきゃいけない」となったわけですが、アイアンショック(鋼材の急騰)、社員の高齢化(若者離れ)が追い打ちをかける形で新規事業を模索し始めました。

うちの強みは、一気通貫で鉄の加工ができること。そこへコロナ禍での空前のアウトドアブームが到来。密を避け、自分だけの空間を持ちたいという需要が大きくなりました。何より、やるからには自分たちがワクワクできることをやりたいよね、ということで立ち上げたのがNGLです。

最初は、アウトドアで使うアイアンアイテムなど小さなものを作ってたんですが、たこ焼きチェーンで有名な銀だこさんから、コロナ禍でロードサイド店を増やしていることから、通常のコンテナを利用するのではなく、1センチ単位でカスタマイズできないかという問い合わせをいただきました。その実績をもとに、何か面白いことできないかというところから、今の新規事業に繋がっていきます。

岩田:面白いね。これもやってみたからわかったことだよね。頭の中だけで考えたことじゃないってことだよね。

濱田:そうです、そうです。アウトドアブーム、小屋ブームがきているし、とにかく自分たちが好きなことをやってみよう、ということでコンテナブランド「ISOL」を立ち上げました。この事業をNagoya atotsugi venture projectのピッチイベントで発表させてもらいました。そこから半年に1つくらいのペースで新しいブランドを展開しています。このピッチで優勝させてもらったことが、メディアにも取り上げていただくきっかけにもなりました。
ローンチから1年ですが、有名キャンプブランドの「ソマビト」さんが直営するキャンプ場にも納品させてもらいました。

今後は、既存事業ではいかに人を少なくするかというスマート化が大事ですが、一方で、新規事業ではアイデアをもつ人の力が財産になる。そう思って2年で8人の若手を採用しました。

 

 

岩田:ではここからお二人に、アトツギならではの苦労、ハードシングスを聞いていきましょうか。まず多久田さん。お話聞いてると、これまで順調に聞こえるんだけど、何かありました?

多久田:全く順風満帆じゃなくて、毎日のようによくわからないことが起きるんですけど(笑)。でも一番しんどかったのは家業に戻ってきた時ですね。僕は全く継ぐ気がなかったのですが、「おまえが継ぐ気がないなら会社は売る」と言われて。その時に、子どもの頃に会社で遊んでくれた従業員の方の顔が思い浮かんだんで・・・それで二つ返事で決意しました。

岩田:何歳の時?

多久田:25歳の時です。それに、もし僕が無理だったら、その時にまた考えたらいいと思ったんですよね。

岩田:そうだよね。個人として心中する必要ないもんね。最近はいざとなったら第三者承継という道もあるわけだし、戻らないことを決めちゃうより、それくらいの柔軟な気持ちでアトツギは家業に戻った方がいい。

 

 

多久田:とはいえ、そこからが大変でした。右も左も何もわからないわけですよ。それまで普通にサラリーマンやってたわけで、経理のことも経営のこともわからない。とにかく周りの人に聞きまくってしのいでました。まずは皆さんに従ってみようと。最初の1,2年は言われた通りにやってました。でも「絶対におかしい、これはいつか変えよう」と思うことは全部メモしてたんです。今はそれを一つ一つ改善していってます。

岩田:そのメモ、何項目くらいになったの?

多久田:ノート一冊埋まりましたね(笑)。

岩田:けっこうハードシングス、経験してるね(笑)。濱田さんはどうですか?

濱田:私自身は家業を継いでないんだけど、父の苦労は小さな頃から見てきたんですよね。家に帰ってきても手形帳を見ながら険しい顔をしていることもしょっちゅうで。さぁこれから事業拡大していこうというタイミングで亡くなりました。会社をつくって苦労だけした父の人生は一体なんだったんだろうって、家業に戻ってからすごく考えました。

そしてその後を継いだのが主人なんですが、彼の人生も変えてしまったわけです。エネルギッシュな人だから、海外に進出したり、M&Aで事業展開したりしてますけど、本当にやりたいことだったのかなって。

だから父の無念と、主人の溢れるエネルギー。これが新規事業に繋がったんだと思います。
アトツギにとって家業を継ぐこと自体がハードシングス。だからそれを乗り越えることが素晴らしいと思うんです。

岩田:でもアトツギならではの楽しいこともあるよね。その一つは、この時代感だから新規事業を立ち上げていいってことだと思うけど。

濱田:一番良かったのは社内が活気付きました。ただの鉄工所なのにこんなにかっこいい打ち出ししちゃうんだ、みたいな。求人サイトでもびっくりするくらい若い世代から応募が来ました。新規事業って、社員の皆さんにも「会社を変えていくよ」というメッセージはすごく伝えやすいですね。

あとは、50年培ってきた家業のリソースを余すことなく使っていると実感できることが何よりの魅力です。これはスタートアップとは違う。装置もある。ものを作れる人もいる。あとはアイデアだけ。ただの鉄工所だった日清鋼業が今までとは違った視点で世の中から見てもらえる。今までやったことがないから大変だけどやりがいにつながってます。普通にサラリーマンをやってたらありえない経験だと思いますね。

だからさっき言ったことと矛盾しちゃうんですけど、毎日めちゃくちゃ楽しいです。主人もイキイキしてるし、本当にやって良かったと思います。何より新しいことを考えることが大好きだった父も「よく頑張ってるな」って思ってくれてると思います。

 

 

多久田:僕の場合は、アトツギとして良かったなと思うのは祖父との関係性です。おじいちゃん子だったんですよ。だからおじいちゃんがつくった会社を潰せないという気持ちが一番なんですよね。しんどいと思うこともありますけど、根底にその気持ちがある。だからお金のこととか時間のこととか、それ以上に目に見えない価値があるなと思います。

新規事業も、アトツギベンチャーがスタートアップと違うのは、50年間で築いた目に見えない信頼ですね。自販機事業でも、「愛起さんがいうなら」って話を聞いてくれるんです。

岩田:それってお金で買えない価値だよね。何億円を資金調達したって、それだけは手に入らないもんね。

多久田:週に何回かフェイストゥフェイスでお客さんを訪問するという、いわば高い人件費をかけた営業スタイルを貫いてきたわけですけど、こんな形でいきるというのはアトツギベンチャーの強みだと実感しました。

岩田:多久田さんは、アトツギのオンラインコミュニティ「アトツギファースト」でも、特定のメンバーだけで構成するグループで、目標の達成状況を確認しあってたでしょ?

多久田:毎月定例で集まってます。夜9時から、東京と大阪のメンバーとオンラインでつながって、お互いの状況を報告し合って切磋琢磨してます。そのメンバーのうち2人が、さっき話した「アトツギ甲子園」のファイナリスト経験者だったんで、僕が出た時も壁打ち相手をやってくれて(笑)。

岩田:アトツギは業種や地域を超えて繋がると強いよね。スタートアップももちろん大事な存在だけど、中小企業はその100倍くらいいる。僕たちアトツギが社会に与えるインパクトはめちゃくちゃでかい。これからも頑張っていきましょう。今日はありがとうございました。

 

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<終わりに>

3人による熱いトークセッションの後は、以下参加者によるピッチが行われました。

中村 慎吾 さん/株式会社ナカムラ/飴屋なんだけど飴屋じゃない話
田中 好江 さん/マルハチ工業株式会社/福祉とモノづくり「2つの想い」を結ぶ RIBBON(リボン)プロジェクト
堀 新太郎 さん/株式会社堀商店/アハハ!が溢れる世界
稲垣 遼太 さん/有限会社稲垣石材店/石屋業界に一石を投じる、INASEな事業

それぞれが家業で始める新しい事業について発表し、アトツギベンチャーカンファレンスは、幕を閉じました。

 

 

社長に就任するまでの後継者であるタイミングでは、行政の支援も、後継者同士が繋がる機会もあまりありませんでした。激しく変化する時代の中、たとえ既存事業でキャッシュが回っていても、漠然とした危機感や不安に支配されているアトツギの方も多いんじゃないでしょうか。

でも名古屋市をはじめ、国や金融機関もアトツギの支援を始めています。目の前に現れた機会に一歩踏み出すか、やり過ごすか。その決断が、その後の経営者としての人生を大きく変えるかもしれません。

このイベントには、Nagoya Atotsugi venture projectの、今年度の新規事業開発講座を受講したアトツギも数人参加していました。彼らの言葉を最後に紹介します。この記事を読んでいるアナタの一歩に繋がりますように。

 

「普段は目の前のことでいっぱいいっぱいでしたが、時間をかけて体系的に学ぶことで、家業を客観的に分析できました。今後、自分が代表になりますが、数十年先を見通したビジネスを作る上で最高の環境でした」

「事業開発については、スタートアップ向けのワークショップには今まで参加していましたが、家業を持つ自分にしっくりくるものがなく、本事業のようなイベントを探していました。事業開発の方法はもちろん、自社事業を訴えかけるピッチや経営者同士の交流も盛んに行われていて、新しい視点を得ることができました」

「普段、仕事をしている中で漠然とした不安にかられ、参加を決心しました。家業の棚卸しをする機会が今までなかったのですが、自社の強み・弱みを知ることができました」

「毎日働く中で自社を客観的に見ることに時間を割くことはかなり少ないのですが、本事業を通して、じっくり時間をかけて分析することができました。自分ひとりではめんどくさくなって、途中で投げ出してしまいますが、強制的に考える時間を確保できるというのが一つのメリットに感じます。目の前でいっぱいいっぱいになってる人ほどおすすめです」

「家業の棚卸しと新規事業の開発について学ぶだけではなく、日々の仕事や会社について見直す機会はなかなかなかったので、かなり頭を使いました。他の参加者に話すこと、言語化する作業はモヤモヤしてた自分の頭を整理するのに最適でした。定期的に今回のようなイベントに参加したいです」

「新規事業開発を検討していく中、課題だらけなことを踏まえ、主人と参加しました。普段、二人三脚で事業を考えているものの、視野が狭くなりがちだったので、第三者の視点を混ぜることが非常に役立ちました。客観的な視点を得たいアトツギに是非オススメです」

「実際にピッチを経験することによって、自分のビジネスプランがブラッシュアップされていくのを肌で感じました。『新しいサービスは誰をターゲットにしているのか?』『どんな価値を提供するのか?』など、以前はなんとなくは答えられるものの、一言で伝えようとするとなかなか答えられなかったのですが、皆さんからコメントをもらうことで、見直すきっかけになりました。非常に有意義でした」

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