「テクノロジー×アナログの商売」で世界へ発信/人と違うことをやるから新しい価値が創造できる

有限会社ゑびや 
代表取締役 小田島春樹 氏

1985年、北海道生まれ。
10代の頃から自身で輸入業やECビジネスを手掛けており、大学ではマーケティングと会計学を専攻。大学卒業後、ソフトバンク株式会社にて組織人事や新規事業・営業企画を担当。2012年、妻の実家が営む「有限会社ゑびや」に入社し、店長、専務を経て、現在は有限会社ゑびやと株式会社EBILABの代表取締役社長を務める。

2016年、地域の課題解決を研究テーマに三重大学地域イノベーション学研究科の博士課程へ進学。2018年、同大学院における研究テーマの社会実装を行なうため、サービス業向けデータ解析サービスプロダクトを手掛ける株式会社EBILABを設立。

■話を聞いた人

i Smart Technologies株式会社
代表取締役社長 CEO 木村哲也 氏

トヨタ自動車に21年勤務後、同社の1次仕入先である旭鉄工に婿養子として転籍、会社を大きく変革する。なかでもIoT技術を用いた製造ラインの稼働状況リアルタイムモニタリングシステムを自社開発・活用し、年3億円以上の労務費を節減した事例として知られる。そのカイゼンノウハウによる競争力強化手法を他社展開するべくi Smart Technologiesも設立。全国規模でモニタリングからコンサルティングサービスまでを行う。

最近では、近未来的概観と運動でも使える機能性を兼ね備えたフェイスシールド開発にも注力し商品化。第7回ものづくり日本大賞など受賞多数。

テレビ、新聞、雑誌、web等メディア出演も多数。著書にSmall Factory 4.0(三恵社)がある。

https://www.amazon.co.jp/dp/486487865X

「承継した事業をベースにした挑戦は?」を大テーマに語るアトツギたちのトークイベント「アトツギこそイノベーターであれ!in愛知」が2020年11月8日に開催された。

ゲストは、有限会社ゑびや株式会社EBILABの小田島春樹代表取締役社長と、旭鉄工株式会社i Smart Technologies株式会社の木村哲也代表取締役社長CEO。

「婿養子アトツギ」「社内改善から社外への事業展開」「新規事業は新会社を設立」という共通点を持つ両者のアツい想いとは……?

 

主催:中小企業庁、事業継承ネットワーク全国事務局(野村證券)
運営:一般社団法人ベンチャー型事業承継

 

婿養子としてアトツギに・・・、さらに新会社を設立

 

モデレーター/奥村
モデレーター/奥村

まずは自己紹介からお願いします。

 僕はもともとITの会社にいて、妻の実家の会社「ゑびや」に入りました。「ゑびや」は伊勢神宮の参道で150年くらい飲食店を経営していて、僕で5代目です。

 

もう1社、別の事業で会社をやっていて、それが「EBILAB(エビラボ)」。

最初は「ゑびや」の店舗を運営していく中で、ムダやアナログなことをすべて解決していくためのツールを開発したんだけど、「これって自分たち以外の会社でも使えるかも」と気づいて、データ解析ツールやデジタルトランスフォーメーション支援を、サービス業や行政向けに展開しています。

 

僕らが得意とするのは、店舗オペレーションの自動化。あとは、来客予測や需給予測の仕組みを作ったり、IoTセンサーを使って顧客の動線を分析したり、集めたデータを解析したり。

 

ありがたいことに、日本だけでなく世界でも面白いと言われて、マイクロソフトのカンファレンスでは2年連続で紹介されています。

小田島氏
小田島氏

私はトヨタ自動車に21年勤務し、婿養子として旭鉄工株式会社のアトツギになりました。

旭鉄工という会社は、従業員数450名、売上高約150億円、取引先はほぼトヨタ系です。

こういう会社を変えるのは難しいんですね。

 

でも、「IoTテクノロジー」と「現地現物」をかけあわせることで新しい価値が出てくる。

実際にIoTを駆使して、改善を早く進めるシステムを作りまして、年3億円以上の労務費削減を実現しました。

 

そして、そのノウハウを他の会社に展開して生産向上のお役に立ちたいということで、新会社を設立したわけです。ということで、かなり違った分野の2社の、社長をやっています。

 

「人と違うことをやる」「スマートに美しく」「情報発信をする」がポリシー。

そして、「世の中に新しい価値を」ということで、いろんなことに挑戦してそれをどんどん提供しています。

木村氏
木村氏

 

 

 

 

家業のための“改善”が、そのまま新規事業に!

奥村
奥村

お二人ともアトツギ界ではかなり稀有な存在ですね~。我々は「マスオ型」と呼んでいます(笑)。そして、共通点もかなり多い!

では、新規事業の内容とその経緯を詳しくお願いします。

「自分たちのお店を楽にするために仕組みを作ろう」というところがスタート。

実は、途中で「ゑびや」を辞めようと思ったことがあって、アメリカに行く予定を立てていたんですよ。海外で会社をやろうと。

 

その時に、それまで自分たちが作った仕組みを誰かにそのまま渡すのが難しかったんです。じゃあ、海外からお店を管理できるように、データを自動的にリアルタイムで収集できたり、現場と海外をつないでリアルタイムで指示を出したりできる仕組みを作ろう、と考えたわけです。

 

それで、POSレジとか様々なメーカーのツールをつなぎ合わせて、データを集めて可視化する、ということをしたんですけど、これが案外世の中になくて!

それをサービス業や行政向けに展開しています。センサーをはりめぐらせて街の商店街のデータを集めて“見える化”したりね。今年で3期目なんですけど、順調に成長していて、そろそろ本業を抜きそうです。

小田島氏
小田島氏

私はトヨタ自動車に勤めていた最後の3年間、生産調査部でトヨタ生産方式に則った“改善”を学びました。

 

旭鉄工に移ってから、同じように改善したいと思ったんですけど、改善活動で一番大変なのって、設備がどう動いてどう止まって何がどうなっているかという問題点を把握することなんですよ。そこが従業員の負担になるのでなかなか改善が進まない。

 

じゃあ、技術で“見える化”すればいいじゃないかと、IoT技術使ってシステムを作ったんですね。

 

それを使ったらすごく効果が出たので、それを他の会社にも広めたいと思った。それと、改善活動をやっていく中で上手になった社員がいっぱいいたので、他の会社の指導にも行ってもらうことにして、それを事業にしています。

木村氏
木村氏

 

 

 

経理の仕事でそろばん? 時代遅れの家業にドン引き!

奥村
奥村

お二人の新規事業立ち上げの経緯、非常に共通する部分がありますね。では、お二人は最初に家業を見た時にどう思いました?

まあ~、時代遅れですよね(笑)。経理の仕事見ていると、パソコンの画面の数字を鉛筆でメモして電卓で計算して、また数値を入力してるんですよ。写すから当然間違いが出てくる。銀行口座の入出金もノートに写していて、なんで写すのか聞いたら「前からやっているから」と……。

木村氏
木村氏

電卓ならまだいいですよ。うち、そろばんでしたからね(笑)。

小田島氏
小田島氏

奥村
奥村

それはドン引きしませんでした?(笑)

「変えたくない」という人に「変えてね」と言うのは、ある程度のコンフリクトはあるかなと思うんですけど、実際、現場の反発は大きかったですか?

そりゃ、大きいですよね!人間は変わりたくない生き物ですから、「変わりましょう」「僕と仕事をすることは変化を楽しむことですよ」なんて言ったら、それこそドン引きですよ(笑)。

結局、年齢の高い方が多かったので、そろそろ潮目だね、ということで人がかなり入れ替わりました。

小田島氏
小田島氏

当社の場合は、現場はもともと改善をやっていたんです。それが加速してチャレンジしていなかった改善もやるようになったんですけど、いきなり「全員やれ」は無理なので、まずは積極的にやってくれそうな人を見つけて一緒にやりました。小さく始めても、そこで成功体験が積み上がれば、周りも引き込まれていくんです。

木村氏
木村氏

それは、僕のところでは会社の規模的に無理でした。当時売上1億円くらいの食堂ですから、内部で誰かを引き込むくらいなら自分でやったほうが早いんですよ。だから、外からフリーの方を集めてチームを作ってやっていったんです。

小田島氏
小田島氏

 

 

 

先代の金は使わず、知恵をしぼって自ら稼ぐ!

奥村
奥村

そこは対照的かもしれないですね。そんな状況で新しいものを始めるのって、さらなるハードルかなと思うんですけど、新規事業に必要なお金はどうやって集めたんですか?

先代にお金を出せとは言いにくい。それで店の軒先に屋台を造ってアワビ串を売ったんです。僕と高校生のバイトと2人で。それが当たって、2000万円売り上げて。

結局、自分の給料を自分で稼ぐようになった。それで得たお金でパソコン買ったりしたんです。

小田島氏
小田島氏

私は本業で改善をやってお金が浮いたんで、それを使いました。受け継いだ会社とは別に、「この会社は自分が作ったよ」というものが欲しくて新規事業は別の会社にしたんです。

木村氏
木村氏

 

 

 

カッコイイ、“映える”フェイスシールドの製造にもチャレンジ!

 

奥村
奥村

資金はお二人とも自分で作られたっていうことですね!

お二人の改善・効率化の部分って余力を作ることになると思うんです。その“浮いた部分”をどこに再投資するかということに関しては、何かポリシーはあったんですか?

僕の場合は、店舗運営できないくらい人が辞めてしまったので、そこから人に依存するようなビジネスはダメだ、仕組みでまわしていかないと!と思うようになりました。それで、飲食店でもお店で料理をしなくてもいい方法を考えたんです。

 

たとえば、近くの漁村の製造工場が、昔は栄えていたんだろうけど今は寂しくなっている。じゃあ、そこで揚がった魚を加工してもらって、物流さえ整えば、すぐ店に出せるようにするとか……、街全体をセントラルキッチン化しようとした。

 

そんなふうに少ない人数で運営できるようにしたのがスタートで、他にも無駄を探して、今では経理、財務、労務、全部アウトソーシング。お金を生み出さないところに人をかけないことにして、それでやれる仕組みを考えたんです。それが今の会社のサービスにつながってる。

小田島氏
小田島氏

私は、既存のラインがあって同じラインをコピーしてつくるとか、そういうのはできるだけやりたくなかった。でも、多少失敗しても、新しいチャレンジにはわりと投資しています。

 

最初はトップダウンだったけど、今はみんなから「そんなのやるの?」みたいな提案が挙がってくることもある。全部私が判断すると委縮するので、これはちょっとどうかな?と思っても、「やりゃーいいじゃん」と言うようにしています。

 

最近始めたのは、フェイスシールドの製造販売。4月の真ん中くらいにマスク造ろうとしたら材料も設備も買えなかったし、他の会社と同じことやるのはポリシーに反するから、フェイスシールドを造ることにしたんです。

 

それに、フェイスシールドって、カッコ悪いのしかなかったから、カッコイイのを造ろうとした。美しく、映えるモノを造ろうと。

 

あと、こうやって、私が挑戦する姿勢を見せるのも大事。「社長って新しいことやれって言うだけ」「口で言うのは簡単だよね~」と言われないように(笑)。

木村氏
木村氏

 

 

 

 

強行突破! でも、それは企業として従業員を守るため!

奥村
奥村

新規事業をする上での難しさの1つが、先代とわかり合えないということだとよく聞くんですよね。お二人は先代との関係ってどうでした? 

全く違う人間なので、合うことのほうが珍しいでしょう。良かれと思ってやってもそう受け止められなかったり、新規事業をやってうまくいっても、先代のプライドを傷つけたり嫉妬されたり……。難しいですね。どちらかが去るか屈服するかしかないんじゃないかなぁ。

 

僕自身、何度も会社辞めて自分でやろうと思ったこともあった。アメリカに行くのを思い留まったのは、並行していた今の事業がうまくいってしまったからだし。

小田島氏
小田島氏

奥村
奥村

中には先代が引退するまでは鳴りを潜めていて……、と言う人もいますよね。小田島さんが若い時に挑戦されているのは、どういう想いで?

すべてにおいて大事なのは時間。鳴りを潜めていくこともできるけど、それが会社や従業員にとって本当にいいのか、という問題点もあると思う。

 

何のための会社で、誰のための事業なのか。自分の家族だけでなく従業員がいる中で、その人たちの未来も考えないといけない。だったら、早く変わらないとみんな苦しくなると思った。

 

「家業」なら経営者一族のものでいいけど、「企業」なら従業員ともうちょっと対等な形にならないといけない。オーナーマインドを変えて「家業」から「企業」に変えないといけないと思ったんです。新卒社員が入ったのが転換のタイミングでした。

小田島氏
小田島氏

小田島さんの話を聞いてそうだなぁと思ったのは、うちも450名の社員がいるんです。先代や当時の経営陣や、“変わりたくない人たち”を満足させるために450名を沈没させられなかった。

 

私は先代に「3年間何も変えるな、メモだけしとれ」と言われたんです。堂々と無視して、強行突破しましたよ(笑)。

 

なぜって、こっちのほうが強いんで。私は先代と違って他社で培った知識と経験がある。自分に自信もって突破しました。もちろん使命感もありましたし。

木村氏
木村氏

 

 

 

 

いいものを創っただけではダメ、発信した者勝ち!

奥村
奥村

お二人が社内で改善したものを、外の商売へと展開させたきっかけは?

僕の場合は、マイクロソフトとの出会いがあったこと。いろんなセンサーを集めて店舗に実装していく中でMicrosoft Azureを使っていて、それを使った成功事例みたいなのを発表する機会があったんです。

 

そこで彼らに「おもしろいね、いいね」と言われて、「こんなこともやっている」と話したら「じゃあ、うちのプラットフォーム使ったらいいね」と。そのプロモーションがうまくハマって、そこから外への展開を始めました。

 

あと、僕には「地方でもできるということを証明したい」というのが裏テーマにあって、自分たちのやっていることをどうやったら世間に見てもらえるか考えた時に、わかりやすいのが「いろんな賞を取りにいくこと」だったんですよね。

 

最近は「日本サービス大賞」。これは三重県初で、受賞はコマツ、星野リゾートと並んで、ゑびや、という快挙でした。アピールするのが大事だと思いますよ。やったことを見せないと。知ってもらわないと意味がないんです。

小田島氏
小田島氏

私が外へ展開したのは、自分の会社にしたかったから。小田島さんと近くて、「情報は発信すればするほどいい」と思っていますね。

 

この間もFacebookに「霞が関にいます」と書いたら官僚の友人と会うことになって、このフェイスシールドをあげたら、「河野大臣がカッコイイって言ってる。来ます?」と言われて大臣に会いに行きました。そういうのもチャンスですよね。

 

フェイスシールドのことを面白がってくれたNHKの人から「アメリカの大統領選にコメントくれ」と言われて、実はニュースにも出たんですよ。専門家じゃないから断ろうと思ったんですけど、「露出が大事だ」と思って、フェイスシールドをつけて出ました。発信した者勝ちだと思います。

木村氏
木村氏

 

 

 

先代の屍を越えてゆくつもりで動け! その代わり責任は取れ!

奥村
奥村

では、最後に、若いアトツギの方たちにエールをお願いします。

昔、「俺の屍を越えてゆけ」というゲームがあったんですけど、常に自分の先代を越えていかないといけないと思うんです。何よりもかけがえのないのは“時間”。若くして活動できる時間があるうちに、経営をグリップしておいたほうがいいと思います。

小田島氏
小田島氏

私が心掛けているのは、「動いて仕掛ける」ということ。動いて仕掛けないと何も起きない。アトツギにとって「先代」や「古参の従業員」は時には障害だったりするけど、それは越えて、思い切って自分がやる!その代わり責任も自分がとる!という気概で変えていく必要があると思います。ぜひチャレンジしてください。

木村氏
木村氏

奥村
奥村

ありがとうございます。お二人から熱いメッセージをいただきました!

 

 


アトツギ甲子園HPへ

 

■取材した人

アトツギ総研 所長/サンディ

アトツギ総研 研究長

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