元中学教師、今アトツギ  北海道月形町を家業で面白くする

株式会社山ス伊藤商店
営業 梅木悠太 氏

「家業を継ぐ=事業を継ぐ、ではないと思うんです」。

そう話すのは株式会社山ス伊藤商店のアトツギ、梅木悠太氏だ。同社は、北海道空知地方、月形町という人口3000人の町で、100年以上の長きにわたって商売を続けて来た。創業当初は金物屋・雑貨商として主に農業関係の顧客を多く抱えていたが、時代に合わせて業態は変化し、現在では工事現場の資材や金物を卸す。役場や刑務所、消防署なども顧客を抱え、町の総合商社いわば「何でも屋さん」として地元を支える。

五代目の梅木氏は、教員というキャリアを経て、家業に入社。日本経済新聞社主催のスタ★アトピッチなど、目の前のチャンスに果敢に挑戦している。「出たがりで落ち着きがない」と自己分析する梅木氏だが、その行動力の源泉はどこにあるのか。鰹節屋のアトツギ、ズッキーがきく。

出典:令和2年度中小企業庁/プッシュ型事業承継支援高度化事業/「ロールモデルのクローズアップ」事業「継ギPedia」(http://tsugipedia.com/)

 

 

 

教員から一転!寂れていく故郷をなんとかしたくて家業へ

ズッキー
ズッキー
2018年4月に家業に入られていますが、それまでの経緯について教えてください。昔から家業に興味はあったんですか?

なかったです。4人兄弟のうち誰も継ぐつもりがなくて、父も「継げ」とは言わなかったですね。山ス伊藤商店は母方の実家で、父はマスオさんなんです。それもあってか、僕ら家族の生活と会社との間にあまり濃い関わりを持たせてなかったんですよ。だから思い入れも特になく。地元では歴史ある会社なので周囲からは「山スの子たち、誰が継ぐのかね」みたいに見られていたようですが。僕たちは知らない人たちが僕たちのことを知ってるという変な感じでした(笑)。
梅木氏
梅木氏
ズッキー
ズッキー
家業に入る前は教員をやられていたんですよね。

小さいころから出たがりで。中学校では答辞を読んだんです。当時の担任の先生が素晴らしい方で、すごく幸せな1年間を過ごせた記憶があります。卒業式ではクラス全員が泣いていて。こんな卒業式をまた経験したいと思って、中学校の教員を目指しました。
梅木氏
梅木氏
ズッキー
ズッキー
自分の卒業式が原体験だったんですね。でも先生って大変そう。
いや、めっっちゃ大変です!いろんなストレス、雑多すぎる業務、大きな責任。子どもたちもいろんな子がいたし、女子同士の喧嘩の仲裁とか一番つらかったな……。でもそのぶん卒業式は感動しました。一人ひとり名前を呼ぶときなんか、泣いてしまって。もう2人目から自分が一番先に嗚咽するという(笑)。
梅木氏
梅木氏

ズッキー
ズッキー
早過ぎる(笑)。
でも初めての卒業生を送り出したあと、そのとき「これをずっと繰り返して生きていくのかな?」と思ってしまって。
梅木氏
梅木氏
ズッキー
ズッキー
燃え尽きるの早くないですか(笑)。
いや、ちょうどその頃高校のときから付き合っていた彼女と結婚することになり、実家に帰ることが増えたんです。久しぶりに帰る地元を見て、「なんか寂れたな」って思ったんです。あるとき、北海道の地域情報誌の特集が空知地方だったので、「お!」と思って開いてみたら、月形町のことは一文字も出てこなかった。すっごい悔しかったんです。それがきっかけで「なんとかしたい」と思うようになりました。
梅木氏
梅木氏
ズッキー
ズッキー
家業の前に、地域をなんとかしたい思いが芽生えたんですね。
はい。それで彼女と入籍した日の夜に「教員辞めるわ」って言いました。
梅木氏
梅木氏
ズッキー
ズッキー
えー!籍入れた後に!?反応はどうでした?

「いいんじゃない」って。彼女も月形町の隣の村に実家があったので、子育て環境としても良いだろうということで戻って来ました。そういう意味ではアトツギさんにありがちな嫁ブロックみたいなものは経験せずにすみました。
梅木氏
梅木氏

ズッキー
ズッキー
でも異業種どころか、教員から商売の世界に入るのは、不安はなかったですか?
もちろん不安です。教員時代も簿記の資格を取ったり、家業に入ってからも大学院に通ってMBAを取得しました。仕事を早めに上がらせてもらって、車で1時間かけて札幌の学校に行き、授業後も居残りして勉強、睡眠時間も削って、あの時はもうめちゃくちゃ勉強しました。
梅木氏
梅木氏

 

 

 

献身的な配達サービスを強みに、通販では届かない領域を網羅

ズッキー
ズッキー
家業に入ってまずはどんなことをしたんですか?
見習いです。資材関係の配達をしつついろいろ覚えていく感じ。いつものお客さんから「こういうの欲しいんだけど」って言われて商品探して届けるという業務です。
梅木氏
梅木氏

ズッキー
ズッキー
競合はあまりいないんですか?

昔はたくさんいたけど、公共工事が一気に減った時代に、競合のお店がバタバタ潰れたらしくて。ただ、地元の競合もですが、今後はホームセンターやアマゾン、モノタロウとかのネット勢力の脅威は大きいですね。

 

あ、でもね。工事現場って、ネット勢力とかにしたら届け先がわからないからカバーできないこともあるんですよ。それが僕らが配達に力を入れる理由です。掛売りとかも含めて、なんだかんだ昔ながらのやり方が強みになってますよね。

梅木氏
梅木氏
ズッキー
ズッキー
なるほどな!一見アナログな情報が、実は一番競争力があるというのは面白い。
競合のなかでもうちはかなり配達に力を入れています。他は配達のコースと曜日が決まってるけど、うちだと注文の翌日には届ける感じ。なので「わがまま聞いてもらってるし、山スさんのとこで買う」って方もけっこういる。
梅木氏
梅木氏

ズッキー
ズッキー
実務で困ったことはありますか?
とにかく商品数が多過ぎること!未だに全部は把握できてません。工事現場と一口に言っても、配管系、電気系、鋼材系、金物系とかあるし。単位も混乱します。インチ、センチ、分、間(けん)……これが業種によって違うんです。インターネット検索しても比較表なんて出てこない。マジで現場だけの暗黙知です。そういう情報を覚えるのが本当に大変。
梅木氏
梅木氏

ズッキー
ズッキー
ITの力とか借りないと無理ですよねー。
現在の取り組みとしてシステムの導入を行っています。僕が家業に入って一番衝撃だったのが、伝票が手書きだったこと。その他の細かいナレッジもそれぞれの営業の頭の中にだけあって全体共有はされていない状態。でも1万点以上ある商品にコードがついていなくて・・・これらを2年かけて直して、ようやく今システム導入にこぎつけたところです。来月導入なのでドキドキしてます。他の社員に理解してもらえるかどうかも含めて。
梅木氏
梅木氏
ズッキー
ズッキー
確かに「若造が生意気言ってる」みたいに言われるかも……。
そうですね。「10年くらい現場やってから新しいことに手出せよ」って社員さんが酒の席で言ってたって伝え聞きました(笑)。ま、気にしてたらメンタルもたないからスルーしてますけど!
梅木氏
梅木氏

 

 

 

こっそり外堀を埋めている新規事業・エディブルフラワー

ズッキー
ズッキー
新規事業についてはどうですか?
エディブルフラワーの事業をしようとしています。母親が花屋なのもあって、かなり可能性を感じているのですが、植物工場を建てないといけないなど大掛かりな部分があって。試行錯誤の最中です。
梅木氏
梅木氏

ズッキー
ズッキー
エディブルフラワーって食べられるお花ですよね?
そうそう。けっこう需要あると思うんですが、北海道では市場がガラ空きなんです。チャンスだと思うんだけど、社長からは「俺の経験と勘がうまく行かないと言っている」とか言って全否定されてる(笑)。
梅木氏
梅木氏

ズッキー
ズッキー
あー、先代あるある(笑)。

チクショー!ですよ。でも結局、先代が気にしているのは資金面だろうと思ったので、実はいまこっそり北海道の経済産業省が主催するオープンイノベーションチャレンジピッチというのに応募してるんです。大企業と中小企業をマッチングして新規事業や課題解決に取り組むというもの。うまくいけば工場建設の資金に充てられるのでは?と思っています。こうやって、行政とか信用がある外堀から埋めていけば社長もNOとは言いづらいだろうと。

 

去年も北海道の某有名お菓子メーカーに、資金提供を目的に事業プレゼンしに行ったんですが、それは見事に惨敗しました(笑)。

梅木氏
梅木氏

ズッキー
ズッキー
いいですね、道場破り!
でも外部で失敗するのなんかより、アトツギの一番の壁は社内にあると思いますよ。一番大きい壁なのに、一番最初にぶち当たるから、これはつらい。僕の事業の場合、小さく始めて実物を見せるというアプローチが難しい。なんせ植物工場が必要だから。そのあたりは苦しんでいるところですね。
梅木氏
梅木氏

 

 

 

責任と覚悟を負う立場の人しか、地域を面白くできない

ズッキー
ズッキー
町おこしの方はどうでしょう?

町の若手と「つきがたデザイン」というグループを作って町おこしに取り組んでいます。農家さんを集めてファーマーズマーケットをしたり、ワークショップをしたり。

地元に帰ってから、町の会議には顔を出すようにしていました。そこで知り合った40代の方に「町の会議に出ているだけじゃなにも変わらないよね」って言われて。僕も全くの同意見だったので、一緒に民間から町を良くしていこうと動き始めたんです。

梅木氏
梅木氏

ズッキー
ズッキー
人口3000人の町でも、探せば同志は見つかるんですね!

そう思います。同じ志の人はいるはずだから。いないって言う人は、探してないだけだと思いますよ。いろんなところに顔を出しておくと、出会いのチャンスも増えますね。

梅木氏
梅木氏
ズッキー
ズッキー
自分が行動すれば、周りも変化していきますもんね。
そうそう。覚悟を持った誰かが行動しないと何も変わらない。町おこしやりたいという人たちって、その多くはフォロー側にまわりたがるんです。頑張っている人を支える的な。でもそうじゃなくて、自分でお金を出して事業を起こしてでも実行する側に立たないと意味ないと思うんです。だって補助金頼みだと、続かないじゃないですか。
梅木氏
梅木氏

 

 

 

挑戦しつづける10年間にしたい

ズッキー
ズッキー
10年後の会社の姿について、イメージしていることはありますか?
まず大前提として「家業を継ぐ=事業を継ぐ」ではないと思うんです。既存事業を存続させることに意味があるんじゃなくて、会社の歴史を繋いでいくことが大事なのかなと。時代の変化も見極めつつ変化していくことは必須です。でも社員の人たちの意識は既存事業を残すことに傾いている気がしていて……そこのギャップは難しいところですが。
梅木氏
梅木氏
ズッキー
ズッキー
山ス伊藤商店という看板を掲げ続けつつも、新しいことに挑戦していくぞと。

そうですね。これからの時代、一つの事業をひたすら深めるより、複数の軸を持つことが必要ではないかなと。つまり、専門家よりも何でも屋の時代なのではと考えています。

なんだかんだ言って自分が楽しそうだと思うことをやりたい!って話なんですけどね(笑)。

 

だから今の自分にできるチャレンジはどんどんしていきたいと思います。昨年、日本経済新聞のスタ★アトピッチに北海道代表として出たんですけど、それがきっかけですごくいろんな方に声かけていただけるようになりました。ちょっとチャレンジするだけでめっちゃ世界は広がりますよ。

梅木氏
梅木氏
ズッキー
ズッキー
僕らアトツギ候補の2〜3歩先にいてくれる梅木さんを見ていると「自分もやれるかも!」という勇気をもらえます。本日は貴重なお話をありがとうございました。

 


【北海道】

株式会社山ス伊藤商店

梅木 悠太 氏

https://yamasu.amebaownd.com/


 

■取材した人

ズッキー

1994年生まれ。大阪で140年続く老舗鰹節屋に生まれてしまった生粋のアトツギ。専門商社退職後、東京で動画制作会社を創業。最近は本業にも徐々に関与するようになってきたため、起業家と後継者のハイブリッド型のアトツギの道を探る日々。趣味は料理。最近魚を三枚におろせるようになったことを周囲に自慢してはスルーされている。

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