使命は次へつないでいくこと。みんなの会社はみんなで変えていく

宅島建設株式会社 代表取締役
宅島寿孝氏

「会社は預かりものですから」そう話すのは宅島建設株式会社三代目の宅島寿孝氏。長崎県雲仙市を拠点として、総合建設業を中心にさまざまな事業を展開する宅島建設はまもなく設立70周年を迎えようとしている。

昭和21年に初代が創業した鉄工所から始まり、昭和26年には宅島塩業有限会社を設立、昭和31年に宅島建設興業有限会社に社名変更して建設業へ進出、昭和45年に宅島建設株式会社に組織変更し現在に至る。売上130億を超えるグループは370名の社員を抱え、地元の活性化や雇用にも貢献している。社長就任10年目を目前に控えた三代目社長、宅島寿孝氏にお話を伺った。

 

 

 

剣道に打ち込んだ学生時代から家業への思い

サモアン
サモアン
宅島建設に入社するまでの流れをお聞きしたいです。どのような子ども時代だったんですか?

小学1年生からずっと剣道を続けてきました。学校は休んでも剣道は休めない⁉ 国士舘大学では厳しい寮生活で鍛えられました。剣道を通じての出会いや経験が、なによりもまず今の私をかたち作っています。

宅島氏
宅島氏
サモアン
サモアン
剣道はいまでも続けられているんですか?
42歳のときに7段の審査に合格してからは、少しおろそかになってしまっていますね。
宅島氏
宅島氏
サモアン
サモアン
7段ってすごいですよね!?
剣道7段というのは、私にとっては最高段という位置付けです。8段もあるのですが、これは別格です。
宅島氏
宅島氏

サモアン
サモアン
家業についての意識はあったのでしょうか?
家業については、小さなころから、当然宅島建設に入るものだと思っていました。兄がいたので、社長になるとまでは考えていませんでしたが。
宅島氏
宅島氏
サモアン
サモアン
今までたくさんのアトツギ経営者の方々にお会いしていますが、次男三男の方は、「兄がいるから自分は家業に入らなくて良いと思っていた」とおっしゃることも少なくありませんでした。宅島さんはなぜ入社して当然とお考えだったのでしょうか?
先代社長の父と、父の弟つまり私の叔父は、兄弟二人で会社を大きくしました。その姿を見ていましたから、宅島建設に入ることは当然のこととして受け止めていました。
宅島氏
宅島氏

サモアン
サモアン
大学卒業後は、ハウステンボスに就職されたのですね。

何年か経験を積んでから宅島建設に入ろうかと考えていましたが、急に父から「ハウステンボスを受けてみろ!」と言われまして。ハウステンボスの創業者である神近さんと父は昔からのお付き合いで、それで入社試験を受けて、3年間お世話になりました。

宅島氏
宅島氏
サモアン
サモアン
ハウステンボスではどのようなお仕事を経験されたんですか?

入社して半年は、場内の文化施設で接客業をしていました。その後、ホテルの新規開発が始まったタイミングで、会社の立ち上げや開業準備に1年半ほど携わることができました。開業後も半年ほど総務を担当することに。

 

大きな事業の立ち上げに参加させてもらうなんて、なかなか経験できないことですから、とてもありがたかったですね。

宅島氏
宅島氏

 

 

すべては「みんなの会社」がより良くなるために

サモアン
サモアン
家業に入って、どのような業務からスタートされたんですか?
まずは営業で数年、その後は管理部門にも数年在籍しました。
宅島氏
宅島氏
サモアン
サモアン
苦労されたことはありましたか?
あまり「苦労した」とは思わない方なんです。
宅島氏
宅島氏
サモアン
サモアン
そうなんですね!それはやはり剣道で鍛えられたことも関係しているんでしょうか?
その影響は大きいと思います。自分がとても苦労したという意識はありません。
宅島氏
宅島氏
サモアン
サモアン
先代であるお父さまとはどのような関係でしたか? ファミリービジネスのお話を伺っていると、先代となかなか意見が合わずに苦労したという方も多いですが。

それは確かによく聞く話ですね。建設業界でも、親子で意見が合わずに跡継ぎが会社を出て行ったなんてこともあります。私の場合は、小さなころから「親父の言うことは絶対」という環境で育ってきましたし、私自身も自分がいまあるのは親のおかげだという意識があるためか、意見が合わないことで落ち込んだり反発したりすることはありませんでした。
宅島氏
宅島氏
サモアン
サモアン
それは理想ですね。親子や家族だからこそ揉めるという話はよく聞きますが、ファミリーだからこそ結束することができたら、それはすごく強いだろうと思います。
もちろん考え方の違いは多々ありますよ。けれど、父の方も我慢して言わないようにしてくれているところはあると思います。本当は私に言いたいことがいっぱいあるはず(笑)。
宅島氏
宅島氏
サモアン
サモアン
家業に入ったけど雰囲気に馴染めなかったり、若い跡継ぎの取り組みになかなか賛成してもらえないというお悩みもよく聞きますが。

子供のころから現場に行っては職人さんと一緒にダンプに乗せてもらっていました。昔からの社員さんはみなさんよく知ってくださっています。

宅島氏
宅島氏
サモアン
サモアン
39歳で社長に就任されるまでには、つまずきのようなものはなかったのでしょうか?

つまずきですか……。マイナスな出来事といっても、こうして生きていますから。強いて言えば36歳のときにガンになりました。
宅島氏
宅島氏
サモアン
サモアン
え!そうだったんですか!
ちょうど忘年会シーズンで、あちこちで宴席が重なっていて、ある晩血尿が出て。一晩でおさまったし大丈夫かと思ったのですが、家内が「見てもらったら?」と言うので一応病院に行ったら、結局ガンでした。検査も含めて2週間ほど入院しましたが、実際の手術は30分くらいで小さい組織を2つほど採って終わりでした。
宅島氏
宅島氏
サモアン
サモアン

本当に病院に行って良かったですね……。そしてご病気も回復されて、40歳になる前に社長を引き継がれたんですね。

社長が変わると、以前とは違う新しいやり方も多少は取り入れられていくと思うのですが、そこで反発が起きたりとかはなかったんですか?

それはありますよ。宅島建設でもここは変えた方が良いと思った部分は変えていこうとしました。うるさく思った方もいたでしょうね。
宅島氏
宅島氏
サモアン
サモアン
そこで躊躇したりはしなかったんですか?

私がやろうとしたことの大前提には、社員みんなが良い環境で働くために、という動機がありました。平等に公平に。そのために必要だと思う取り組みばかりです。なので、躊躇はありません。

ただし、みなさんの承認をいただきながら進めました。今でも、私が上から「ああしろ、こうしろ」と言うのではなくて、みんなで考えて、みんなでどんどん変えていこう、というスタンスです。

宅島氏
宅島氏

 

 

 

5つの【C】で風通しの良い組織を、そしてより強い会社へ

サモアン
サモアン
人に委ねるというのは、とても勇気のいることだと思います。みんなで考えて、みんなで変えていくというのは、想像以上に難しいのではないでしょうか?
名刺の裏を見てみてください。この、5つの【C】を意識してやっています。
宅島氏
宅島氏
サモアン
サモアン
1.チェンジ【Change】  2.コンティニュー【Continue】 3.チャレンジ【Challenge】 4.チャンス【Chance】 5.コンセンサス【Consensus】。とくに最後のコンセンサスは重要ですね。意思統一をはかる。
そうなんです。私は普段は本社にいますが、グループ会社が10社あって、社員数も370名となると、全く顔を合わせない人もたくさんいます。そういうなかで意思疎通をはかっていくことはとても大事です。みんなが同じ方を向いて進めるように。今後はこの5Cにコミュニケーションも加えて6Cにしていくつもりです。
宅島氏
宅島氏

サモアン
サモアン
この考え方は、社長になられてから取り入れられたのですか?

ずっと続いてきた組織のなかには、変えていって良いものと、変えてはいけないものが当然ありますよね。変えるべきではないものを「変えろ」とは絶対言いません。けれど、変えてより良くなるものは、どんどん変えようと思っています。5Cもそのひとつです。

 

祖父や父の時代は、それこそトップダウンといいますか、一社員の意見がどうのこうのなんてものは関係ない!黙ってついてこい!みたいな空気があったと思いますよ。そこは変えていきたい。自分ひとりで回している仕事ではないですからね。一人ひとりが自ら考えて力をつけていけば、それにともなって会社もより強くなっていく。社員には「自分たちが作りあげていこう、自分たちの会社なんだから」といつも言ってます。

宅島氏
宅島氏
サモアン
サモアン
チームワークをちゃんと機能させていけば、より強い会社になれる、と。

組織としてどう動いていくか、ですね。社長個人がどうこうよりも、よっぽど大切なことだと思います。

私は社長ですが、単にこの会社を預かっているだけのことなんです。社長を交代してから10年近く経ちますが、私自身の一番の使命は「次にどうつなぐか」に尽きますね。

宅島氏
宅島氏

サモアン
サモアン
会社という組織を繋いでいく。

はい。そのために次の70周年を節目として、グループの企業理念も変えようかと思っています。感謝、誠実、報恩という言葉を軸にして。

「この世に生を受けたこと、今があることに感謝する。そして一日一日を誠実に生きることで、お世話になった方や育ててもらった地域に恩返しをしよう」と。ずっと伝えてきたことですが、改めて理念として掲げたいと考えています。

宅島氏
宅島氏
サモアン
サモアン
実際に、地域への貢献活動を意欲的に行われていますね。

これまで、会社が続いてきたのは地域のみなさんに育てていただいたからです。

例えば、28回を数える長崎県のジュニアユースサッカー選手権大会の後援をさせて頂いたり、お世話になった保育園、幼稚園へクリスマスプレゼントを届ける「宅島サンタ」も2007年から毎年続けています。でも、一番良いのは雇用で貢献していくことですよね。地元での採用を意識的に行っていて、今年も数人の内定が決まっています。

宅島氏
宅島氏

サモアン
サモアン
会社全体の平均年齢も低く、若い方が活躍できる環境なんですね。

いま平均年齢は43歳くらいで、全体的にバランスが取れている状態です。

けれど、若いうちはやっぱり「都会に行ってみたい」とか「他の企業で経験を積みたい」と思う人が多いでしょう。そんな彼らに私は「わかった。研修期間として行ってこい。そしていつでも帰って来いよ!」と送り出しますが、まだ誰も帰ってきません(笑)。それは「家業を継ぐ」のも同じで、嫌々継ぐくらいなら継がなくて良いのではと思います。ただ私には自然に、継ぎたい、会社を存続させたい、という想いがあっただけなのです。

宅島氏
宅島氏
サモアン
サモアン
10年後の宅島建設はどのような会社になっているか、ビジョンをお聞かせください。
グループ全体を見渡したときに、同じような業務をしている部署がいくつかできてしまっている。これらをうまく統合してグループを再編する必要があります。それぞれが本業に専念することで、より強い会社、強いグループになっていくのを目指しています。
宅島氏
宅島氏
サモアン
サモアン
本日は貴重なお話を、ありがとうございました。

 


【長崎県】

宅島建設 株式会社 http://takushima.co.jp/

代表取締役 宅島 寿孝 氏


 

■取材した人

サモアン

1990年生まれ。東京出身。公務員家庭に育つ。六大学野球では日本一を経験し、全てのビジネスワードを野球用語に置き換える根っからの野球好き。卒業後は、日本を代表する大手金融機関に就職。体育会系の粘りの営業スタイルでMVPも獲得するなどサラリーマン人生も好調。でも「いつかは起業したい」という思いもあり、後継者不在の会社の経営者になるM&Aに興味津々。勝負球は140kmを超えるストレートとしょんべんカーブ。

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