その筋のプロになれ!/ガラリと変わったコミュニケーションの考え方

【和歌山】

しらす創り 七代目 山利 木村 尚博 氏

1979年和歌山県和歌山市生まれ。大学卒業後、2年間食品メーカーに勤務した後、24歳で実家の「しらす屋 山利」に入る。六代目の元、釜あげから入札、販売等すべての工程を学び、2012年から七代目として全事業を引き継ぎ経営者として現在に至る。

「しらす創り 七代目 山利」は和歌山で七代続く老舗のしらす屋。代々受け継がれる素材の知識を元に、より美味しく安全な商品への追求は、ミシュラン星付き店を始め、食通の著名人から長年の地元のお客さんまで幅広い多くの方から支持されている。2020年 NEWoMAN 横浜に株式会社 THINK GREEN PRODUCEと共に『しらす食堂 じゃこ屋 七代目 山利』をオープン。

【大阪】

株式会社千田 川端 佑典 氏

創業128年 大阪 道具屋筋で、プロの料理人向けの調理道具 厨房機器を販売する会社の5代目。現在修行中。大学在学中からITベンチャーで勤務したり、スタートアップや飲食の事業立ち上げにかかわるなど、新規事業開発をメインにやってきたキャリアを持つ。美味しい食事には人一倍関心あり。旅行と音楽とサウナが好き。趣味でドラドラジオという中小企業の息子2人でpodcastチャンネル「ドラドラジオ」運営中。

2019年 南海アトツギソン最優秀賞受賞。

34歳未満の「アトツギ」たちが、家業のリソースを活かした新規事業についてアイデアを出しあう南海沿線アトツギソン。そのキックオフイベントとして10月22日にトークセッションが開催された。ゲストスピーカーとして、「しらす創り7代目 山利」の木村尚博氏が登壇。現アトツギの立場で、調理器具や厨房機器の販売会社「株式会社千田」の川端佑典氏が加わった。

 

主催:南海電気鉄道株式会社

運営:一般社団法人ベンチャー型事業承継

 

家業を継ぐきっかけは、アイデンティティ

 

モデレーター/ティム
モデレーター/ティム
まずは、木村さんに簡単な自己紹介をお願いします。川端さんにも入ってもらって、ここだけの話を聞いちゃいます!まず、なぜ家業を継いだんでしょうか?

うちは、しらすを仕入れ、加工して販売している会社。既存の取引先や、ECサイトや店舗での直売などをやってます。大学を出た後は、サラリーマンをやって、24歳で家業に入りました。9年間父親と一緒にやって、その後は自分でやってます。

昔から父親からは「継がなくてもええ」とはっきり言われてました。「でも、もし継ぐならば条件がある」と。高校生の頃に言われたんは「大学進学するなら現役で」。それはクリアして、大学に入った後も父は「継がなくてもええ」という。「でも、継ぐ場合は、大学卒業後は2年間、他のところで働くこと。戻るなら、3年後にはすぐに戻ってこなあかんで」という条件を出されました。

木村氏
木村氏
ティム
ティム
え!じゃあ、3年目に「家業に戻る」という、めっちゃ大きな決断をしたってことですか。きっかけが、気になります。「継ぐか継がないか」で悩んでる人って多いから。

大学4年の時に、後を継ごうと自分の中で決めてた。和歌山の田舎から大学で東京に出てきて感じたのは、「都会の人たちはいろいろ経験してて、すでに差をつけられてるやん」ということ。

でも一方で、「和歌山出身で、実家がしらす屋をやってる」という話を東京の友人にしたら、「え、どんなことをやってるの?家が漁師なの?」とか、些細なことでも一気に話題になる。

「和歌山とか、家業とかって、他人から見たら魅力があるんや」って気づいてアイデンティティにつながった。それが濃くなっていって、「家業を継ごう」という決心に繋がった感じかなあ。

木村氏
木村氏
ティム
ティム

人と話している間に、意識していなかった「アイデンティティ」が、一気に自分の中で湧き上がったという感じなのか。川端さんはどうですか?

小学校くらいになると、周りから「親はどんな仕事をしてる人なん?」という話題が出るようになるじゃないですか。その時に「うちは、道具屋筋で商売やってるねん」と言うと、「あ、うちのおとん、そこから卵焼き器買ってるわ」みたいに話が広がる(笑)。その頃から、「自分には家業がある」ということを意識するようになりました。

川端氏
川端氏

ティム
ティム

うちは実家はサラリーマンで、奥さんに「家業」がある。マスオさん的な立場なんで、今の話を聞いて「親が商売をしてる子どもはそんな想いをするんだ」という発見になりました。ちなみに、家業に戻る時点で、「どんな会社にしたい」というイメージがありましたか?どんな心構えで、どんなビジョンを持っていたかを聞きたいです

 

 

 

 

既存の組織や設備をフル活用!

僕はタイプ的に「こういうことをしたいから、他人にこうして欲しい」というより、今ある人材や設備を使うことを大切にしてます。たとえば「最新のSNSを駆使して、広報しちゃえ!」みたいなことを押し付けても現場の人からすると、ストレスになっちゃうじゃないですか。

だから、社員ひとりひとりの性格を把握して、働きやすい環境を整えることを考えました。たとえば、今僕が着てるパーカーは、実はユニフォームなんやけど、現場には年齢層が近いストリート系の従業員やパートさんが多いので、パーカーをユニフォームにしちゃった。

木村氏
木村氏

ティム
ティム

アトツギって、ほとんどの方が「新しいことをしたい」というこだわりがあるんですよ。でも、木村さんの場合は既存のリソースから考えてるんですね。社員や社外の人とのコミュニケーションのとり方ってどうやってますか?

 

 

 

 

仕事以外でも共有できる価値観を

特に社外のパートナーと組んで仕事を進める時は、世代間のギャップや「趣味は何か?何が好きか?」という仕事以外の部分を気にしてます。仕事って、最終的には「価値の共有だ」って考えてるんですよ。価値観や自分がやりたいことを無理やり合わせていくより、共有できる価値観を持つ人たちに、ソフトに少しずつ合わせていくのが好き。

木村氏
木村氏

僕の場合はガチガチにやりたいことが決まっている(笑)。でもやりたいことをどうやって伝えるかが課題で・・・でも木村さんはそもそもすでにある組織から発想してるんですね。

川端氏
川端氏
ティム
ティム

木村さんは今、和歌山で事業を展開しておられますが、都市部と地方とで違いってあります?また、地方ならではの仲間とのつながりってどんな感じですか?

2020年は、コロナ禍で地方と都市部の隔たりが低くなっているものの、基本的には「大きく違う」。地方で仲間を作る上で一番大事にしてるのは「自分を俯瞰で見ること」。仕事で東京と和歌山を行き来しているけど、ローカルにネットワークを張っていく上では、高校時代の自分に戻って「あの時の自分はどんな感情やったっけ?」って思い起こすことにしてる。

 

あと、重要なことは、昔からの付き合い。大人になると子ども時代の付き合いが断絶するケースって多いけど、僕の場合は妻とは幼稚園から一緒だし、普段遊びにいく友達たちも幼馴染ばかり。息子も3人いるけど、小学校は必ず地元の学校に通わせてる。

 

その後は、息子たち各々が考えたらいいけど、小学校はまず地元。そういう昔の関係を踏まえた上で、経営者としての付き合いを広めて行けば良いんじゃないかなあ。

木村氏
木村氏

若いアトツギに伝えたいことは「プロであって欲しい」ということ。うちのユニフォームにもしらすが描かれてるんだけど、東京の友達に私がどう思われていているかというと「和歌山、しらす、食」(笑)。

 

だから「和歌山で美味しいものってなんだっけ」となったら、「あ、しらす屋の木村に聞こう!」と私の名前を思い浮かべてくれる。しらすについてはもちろんのこと「和歌山の美味しいもの」についても常に情報収集してるから、しっかり答えられる。出会った人から「あの人はあのことについては詳しい」って思われるのがプロ。そう思ってもらえるキャラクター作りも重要よね。

木村氏
木村氏

体が大きいのを見てもらってわかる通り、食べるのが好きなんですよ(笑)。

小さい時に言ってた「将来の夢」を思い出しても「パン屋さんになりたい」だったり、飲食店に幼い頃から興味がありました。なので、木村さんみたいに「大阪のおいしいもの」を知りたい人が真っ先に僕のことを思い浮かべてもらえるような存在にならないとですね。

川端氏
川端氏

 

 

 

 

飲食店起業を経て家業へ

ティム
ティム

では、現アトツギの川端さん、会社のことや自分のことを紹介して欲しいです!

みんなからは『まつり』と呼ばれてます。会社は調理用の厨房機器と調理機器を販売してて、今年で128年目。大阪の食文化を支えてきたという自負があります。だけど、コロナ禍でインバウンド需要が激減し、お客さんである飲食店が危機に。うちの会社も、どうしていこうかと模索中で。

川端氏
川端氏

僕自身の経歴は、結構浮き沈みが(笑)。

高校は私学でラグビーをしてて充実してました。でも大学受験では本来行きたかった外国語大学よりもランクが上の大学に合格してしまって、親の奨めもあってそちらの大学に進学。自分としては不本意だったんで、沈むことに。19歳で「海外に行きたい」という夢を実現し、世界一周を経験したことで浮き上がりますが、帰ってきてからは無気力になってしまいまた沈みました(笑)。

 

ちょうどその頃、たまたま世界一周中に出会ったベンチャーキャピタリストから紹介されたベンチャー企業でインターンをすることになったんです。ここはめちゃくちゃ楽しくて一気に浮上(笑)。大学卒業後は「これからはインバウンドが来る!」という流れに乗っかり、先輩たちと一緒に熊野古道で飲食店を起業しました。

川端氏
川端氏

ただ、立ち上げた後にメンバーと方向性について揉めたり、お金がなかったりした中で「そもそも、ずっと飲食店を続けたいのだろうか?」と考えるようになったんです。そこで出てきたのが、ずっと頭の中にあった「家業に戻る」という道。

 

今はアトツギとして、経営とか社内のコミュニケーションとかを学びながら、現場に出てお客さんの問い合わせに対応したり、業務用冷蔵庫を配達したり、実務をやってます。

 

変革に向けての動きも必要だと、ひしひし感じてます。うちの商売の領域に、いままで業界外にいた会社、たとえば100円ショップなんかが入ってくるようになって、どのように対抗するのかが課題です。

川端氏
川端氏

あとは、社内の雰囲気の盛り上げ方。たとえば「笑える雰囲気」づくりはほんと大事。正直なところ、実務だけを切り取ると「横のコミュニケーション」って無くても回るじゃないですか?けど、趣味のことを聞いたりしながら、横の関係を深めていき、社内の雰囲気を柔らかくする方が、物事を頼みやすかったりするって感じるんですよ。

 

最近始めたのは、店舗にお客様のニーズが直接集まってくるので、「お問い合わせノート」を作って共有すること。共有してないと「実はあるのに、無いって答えちゃう」なんてことも防げるし、無い商品ならうちで商品開発しようよってなる。あとは、仕事の進め方を変えるなど、業務改善もよく考えてます。

川端氏
川端氏

 

 

 

アトツギとしての失敗は会社のノウハウになる

ティム
ティム

ここからは、ぶっちゃけトークでいきましょ。アトツギの川端さんが今ぶち当たってる壁とか不安を、木村さんにぶつけて相談しちゃってください。

今は、悩んでるというより、迷っていることの方が多いんです。「こっちの方向性がいいんじゃないか?でも実際どうなんだろう?」みたいに、確信が持てない。そんなことって、木村さんにもあったりします?

川端氏
川端氏

僕もめっちゃ迷ってましたよ(笑)。

 

僕と父とは真逆の考え方だし、父は典型的な昭和の経営者。「トップのオレがこうしたいから、こうするのだ」というタイプだったんで、人に合わせるタイプの私は、悩んでばっかりだった。

 

でも、若いアトツギの皆さんに伝えたいのは「早く“経営者になりたい”とはやる気持ちはよくわかる。これをしたい、あれもしたいと焦る気持ちはあるだろう。けど、アトツギの段階でまずは失敗をしておけ」ってことかな。

木村氏
木村氏

経営のことで悩んだりするのは、経営者になってからでもできること。でも、経営者になる前にチャレンジをして失敗したことは、「会社としてのノウハウ」になる。自分がやったことを俯瞰で見て、経験値を積んでいくことができる。

 

失敗しても、それが経験になるし、失敗を繰り返すことができるってのは、アトツギならではの特権やんか。トップになったら、失敗の繰り返しなんてできない。

木村氏
木村氏

 

 

 

 

常に頭の中でシュミレーションを

うちの場合は、「父親が黒を白といえば白」という会社だったんで、当時は父親がいう通りに仕事を進めてたんやけど、「自分だったら、こうしたのにな」という経営判断のシュミレーションをしてました。

 

たとえばAとBの選択があって、父親が「A」と決めたら、Aになるのが既定路線。でもBだったらどうなってたんだろうと、思いを馳せるわけ。父親が正しければスルーすればええし、間違っていたらBで考えていた自分の考えを述べればいい。

 

そうすると、社員も「ああ、息子の方が正しかったな」と見直してくれるわけです。これは、兄弟がいたらわかりやすいんやけど、最初の子どもってなんかやったら怒られるじゃないですか?でも次の兄弟は「あ、兄貴や姉貴が怒られてたから、これはせんとこ」ってなる(笑)。それと一緒。

木村氏
木村氏
ティム
ティム

「早く代表になりたい」って声を圧倒的に聞くけど、アトツギの段階だからできることが多いんですね。

ビビらずに失敗をしていく。アトツギとして。焦らず。いずれ嫌でも経営者にならないとあかんのやし。その時に、誰かに「代表を変わって」といってもやってくれへん(笑)。

 

父の代の友人から「20代や30代の失敗は、所詮20代でしかできない失敗だ」っていうアドバイスをもらうんやけど、中小ローカル企業の規模感だとその通りだと思う。

 

50代を超えて経営者になってコケた時の重みとは全然違う。アトツギの時期に、実際に動いて挑戦することと、「代表になった場合、自分ならこうする」というイメージトレーニングをやっとったらええんちゃうかな。

木村氏
木村氏
川端氏
川端氏

木村さんに質問なんですが、従業員とは、どのようにコミュニケーションをとってます?今まさに、距離感のとり方が難しいなあと感じてるんで、聞きたいです。

私が入社した頃は、昭和気質の父親の代だったので古い雰囲気でした。でも、うちの場合は、家と職場が隣接してたから、社員との人間関係も近かった。だから「社長の息子のボンボン」のような扱いをされつつも、昔から知ってる間柄やったから、スムーズに人間関係を築くことができたかな。

 

最近入社してくれた若いスタッフたちとは、ゲームをしたりとかしてる。その影響で最近、ゲームの「あつ森」を始めました(笑)。

木村氏
木村氏

 

 

 

 

人の気持ちは「天気と同じ」。働きかけても変えられない。

川端氏
川端氏

従業員に対する指示の出し方や、注意の仕方ってどんな工夫をしてはります?

昔は、「上の言うことは絶対」みたいな感じで、私自身も体育会系だったからそれもわかるんやけど、今は全然時代が違う(笑)。

 

注意する時のコツは、タイミング。ミスをした時に、そのことだけを指摘するのではなく、「前の時もああだった、こうだった」って畳み掛ける人っておるけど、それって最悪で。そうならないように、すぐに注意する場合もあれば、ちょっと放置しておいてから、従業員のモチベーションが高くなってから、「あの時こうだったから気をつけてや」みたいに伝えたりとか。

木村氏
木村氏

タイミングが大事。従業員って怒られてる時、「自分の評価が下がってる」と感じてしまう。でもこっちからしたら、やって欲しいことを伝えているだけ。ただそれだのこと。天気に例えるとわかりやすいんやけど、結婚式とかで「晴れたほうが良いな」と思っていても、雨になることもある。

 

けど、天気はどうしようもないから、ずっと引きずる人っておらんよね。人間関係も一緒やと思うねん。他人に対して「どうにかできる」って思ってるから、しんどくなる。こっちが出来ることは、「明日雨が振りそうだから、傘を用意しとこうかな」くらいのこと。あれもしてくれない、あれもしてくれないみたいなことでストレスを溜めるってのは無駄。

木村氏
木村氏

 

 

 

自分がいる業界の「オタク」になれ

ティム
ティム
最後に、今まさに奮闘しているアトツギの皆さんにアドバイスを。

昭和や平成、令和と時代を経る中で、昔は無かった情報やデータがノウハウとして蓄積されていくのが家業を継いでいくってこと。父や祖父の代で「100」だったものを、自分たちは「120、150」となるように、まずは積み上げていく。

 

その上で、新規事業といった横の展開もしていくことが大切やっていうのが、私の考え方。あとは、自分がいる業界の「オタク」になって、プロとして認識される「キャラクター作り」をして欲しいね。

木村氏
木村氏

私はまだ、家業に入って半年しか立ってないアトツギ。今日、木村さんとお話をしてたくさんの学びがあったように、外に出ていかないとあかんなと。業界内の人脈を深めることだけに力を入れるより、もっと会社の外に出て違う業界の人たちとも積極的につながることが大事やと感じました。

川端氏
川端氏
ティム
ティム

アトツギの間だからこそできる挑戦がある。そして失敗もノウハウになるということ。そして、その筋のプロとして認識される「キャラクター作り」の大切さがわかりました。今日は、ありがとうございました!


 

 


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■取材した人

ティム/マスオ型アトツギ

コテコテの理系男子の元ITエンジニアから結婚を機に土建屋アトツギへ華麗なる転身。この選択は正解だったのか...俺たちの戦いはこれからだ!!!

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