出島式ベンチャー型事業承継はアトツギにとって魅力的な選択肢となるのか
こんにちは。アトツギ総研所長の奥村です。
アトツギ総研とはアトツギにまつわるアレコレを調査、分析しそれをアトツギ支援に繋げるための組織となります。不定期ではありますが活動を通じた情報発信をこちらのウェブサイトで行っています。
こちらの記事では、アトツギ総研の活動を通じて出てきた、公式に発信するほどではないけれど、小ネタとしては面白い、カステラの切れ端のようなトピックを発信していきたいと思います。内容については、あくまで私個人の考えですので、予めご了承頂けますと幸いです。
さて、今回は題名にも記載した出島式ベンチャー型事業承継がテーマとなります。実は以前から事例としては存在している「出島式」ですが、これが若手アトツギにとって実は非常に使い勝手のいいスキームなのではないかという話で最近周りのアトツギ支援者と盛り上がったので、今日は少しそこを掘り下げていきたいと思っています。
1.「出島型」ベンチャー型事業承継とは
2.ベンチャー型事業承継を実践する上での課題あるある
3.出島式は全ての課題を解決する?
4.ケーススタディ
5.まとめ
「出島式」ベンチャー型事業承継とは
聞きなれない言葉とは思いますが(勝手に私が言ってるだけなので当然ですが)、「出島」とはあの鎖国時に貿易の拠点となった長崎県の出島を指しています。出島のように、家業とは別(の法人)で若手アトツギが家業のリソースを活用しながら新たな挑戦を行う形をここでは「出島式」ベンチャー型事業承継と呼んでいます。
そもそもの話を先にすると、「若手後継者が、先代から受け継ぐ有形・無形の経営資源をベースにリスクや障壁に果敢に立ち向かいながら、新規事業、業態転換、新市場参入など新たな領域に挑戦することで永続的な経営をめざし社会に新たな価値を生み出すこと」と定義されたベンチャー型事業承継ですが、実践していくと実に様々な課題に直面します。
ベンチャー型事業承継を実践する上での課題あるある
前提として、ベンチャー型事業承継における課題というのは百人百様なのですが、発生しがちな課題というのがいくつか存在しています。
①資金問題
新規事業をやろうとなるとどうしてもお金が必要となります。家業において資金を出してもらうとなると交渉の相手は社長(親など)になるケースが多いと思います。まず最初にこの関門を突破するのが非常に大変です。
また、理解のある社長から事業を始める資金を得られたり、もしくは初期投資を抑えた上で、運転資金をその事業で得られたキャッシュ・フローでやりくりする形が取れたとしても、今度はスケールさせるための資金が必要となります。無理な資金投入を行わず、地道に成長を目指すという方法もあるでしょうが、いつ新規参入者が現れるとも限らない状況の中、資金を投入しスピードを上げて成長させることが求められるケースも多いと思います。
では資金調達の方法は?となると、多くの家業では株式全てをファミリーで保有していて、第三者に株式を渡すことのハードルが高く、株式等による直接金融での調達というよりは、金融機関からというのが一般的になるかと思います。資金調達手段が限られることで成長のアクセルがなかなか踏みにくい、という問題が起こり得ます。
②周囲の理解が得られない問題
①でも書いたように、会社のお金を使って新規事業を始める場合は、まずそこで社長の承認を得なければなりません。「そんなことやってないでまずは目の前のことをやれ」「そんなよく分からないものにお金、時間を費やすな」などと言われ、前に進めなくなるケースも少なくありません。また、社長のみならず既存の社員の方などから理解を得るのも難しいという話もよく聞きます。
さらに、新規事業が既存の商流を効率化するサービスである場合など、業界への影響が大きい場合には、家業の取引先や業界から睨まれるといった話もちらほら聞きます。
③ヒト問題
若いアトツギの方が考える新規事業の多くはテクノロジー、ウェブマーケティング、デザインなどを家業と組み合わせたアイデアが多いのですが、このような事業に強い人材というのはなかなか古い産業でかつ社員の年齢も高齢であることの多い家業の中で見つけることは難しいです。また、採用しようにも、同じ中小企業でもスタートアップであれば最近は多くの若い優秀な人材を取り込んでいますが、老舗企業で、ましてや地方の中小企業となるとそのハードルは一気に高くなります。
出島式は全ての課題を解決する?
では、出島式の方法を取ることで上記課題をどのように回避、もしくは乗り越えられるのでしょうか?ここでは家業とは別にアトツギが自己資金で法人を立ち上げ、そこで新規事業に取り組むことを前提とします。
①資金問題
出島式の会社はアトツギの会社です。最初は小さな資本かもしれませんが、どのようにお金を使うかについて、家業の社長にお伺いを立てる必要はありません。また、新規事業が上手く立ち上がり、一気に成長を目指すとなった場合にも、VCなどの外部の投資家から株式で調達することも含めた幅広い選択肢の中から検討することができます。さらに、家業のリソースを活かすことで、金融機関からの調達が有利になる可能性もあるかと思います。
②周囲の理解が得られない問題
別会社を作ることにより家業の社長や社員の方は社外の人になります。それほど単純な話ではないでしょうが、家業の中で新規事業をやるのに比べればアトツギにとってはやりやすくなるかと思います。
また、取引先や業界からの目も、別会社ということでうまく立ち回れる可能性は高くなることと思います。
③ヒト問題
これについては、地方企業であればやはり多少のハンデはあるかと思いますが、例えば東京に営業所を置く、副業人材を採用するなど、優秀な人材を採用しやすいように打てる手は家業よりも広がるはずです。
ケーススタディ
理屈は分かったけど、そんなので上手くいくの?という疑問もあるかと思います。ここでは2つの事例を紹介させていただきます。(面識のある方の事例となりますが、ウェブ記事などで既に表に出ている情報のみを基に概要を記載します)
①株式会社カスタムジャパン 村井 基輝氏
二輪部品を取り扱う株式会社日本モーターパーツの3代目社長である村井氏は2005年に株式会社カスタムジャパンを出島式で立ち上げられました。出島式にした理由はご本人曰く以下の2つの理由です。
・社長の息子という軸を外したかった(「ぼん」とか呼ばれるのはイタい)
・業界の慣習を打ち破る事業であったため、父に迷惑をかけたくなかった
家業は地域にトラックで部品を配達する事業であったのに対し、出島式で立ち上げた会社で取り組んだのは、ウェブを活用した全国の顧客向けに部品を販売する事業。これは当時の業界の慣習を打ち破るビジネスであり、業界の会合ではビールを掛けられたこともあるということです。そのため(?)、一時期は「マイケル・ツンジン」という俗称を名乗られていたこともあるそう。
こちらの記事に詳しいのでご興味ある方はぜひ。
②株式会社DG TAKANO 高野 雅彰氏
ガス器具の部品を製造する高野精工社の3代目にあたる高野氏が株式会社DG TAKANOを出島式で立ち上げられたのは2010年のことです。「技術力が高くても低利益の事業(家業)に将来性を感じなかった」ことから元々家業を継ぐつもりはなく、社会課題から製品開発をデザインするITベンチャー企業としてDG TAKANOを起業されました。その出島式の会社で家業のリソースを活用して開発した、節水ノズルの「Babble90」は現在の主軸事業となっていいます。わずか10%の水量で通常の蛇口の100%に匹敵する洗浄力が生まれるという画期的なものです。この製品の開発には家業の工場設備などのリソースを利用されたようですが、家業には負担を掛けないようにしていたため、社内からの反発はゼロだったとのこと。
また、家業は古くから町工場が多い東大阪にありましたが、DG TAKANOは東京都内に所在しています。今では海外からも多くの優秀な人材を惹きつけ、社員のなんと70%が外国人(下で紹介する2点目の記事時点)とのこと。因みに、家業である高野精工社はDG TAKANOに吸収されています。
他にも多くの出島式の事例があり、最近では20歳代の若手アトツギの方の例も出てきています。それらは反響があればまた折を見てご紹介させていただければと思います。
まとめ
ところで、この記事のタイトルにもなっている「出島式ベンチャー型事業承継はアトツギにとって魅力的な選択肢となるのか」という点について、魅力的な選択肢であることは先人たちの例を見ても分かるかと思います。一方で最適解かと言えば、やはりアトツギにはそれぞれ個別の事情があるので、人によっては、というのは否めないかと思います。これから同様の事例が増えてくれば知見も蓄積すると思いますし、もう少し深堀してアトツギ総研の方で取り上げても良いかなと思っております。